クマちゃんの通夜をやっている。

糸井重里

・だれかが亡くなったあと、
 ぼくはあんまりそのことを話さない。
 葬儀場にマイクを持った人などがいたら、避ける逃げる。
 なにかを言いたくないし、書くこともしたくない。
 いずれ時間が経ってから、思い出したり語り合ったりする。
 亡くなった人が「いる」時間と、「いた」時間とは、
 ほとんどつながっていて、ほとんどちがいなんかない。
 ああだこうだと言うのは、早すぎる。

 ただ、今回のクマちゃんのことだけは、いま言いたい。
 だってさぁ、ほんとは4月19日に行くつもりだったんだよ。
 具合がよくないっていうから、
 退院したあたりで奈良に行って、
 お見舞いのふりをしてバカ話をしようと思ってさ。
 また復活しちゃったのかい、そうなんだよ、みたいな。
 「おたがい、しぶといねぇ」とか言い合うつもりだった。
 伸坊も行くっていうから、それじゃ予告していた
 『黄昏』最終回の続きになっちゃうじゃないか。
 でも、やってみたいから、そうしようか、とね。
 もうホテルや新幹線の手配までしかけていたんだよ。
 だけど、退院の予定がちょっと延びて、
 治療を続けることになったという報せがあって。
 いったんキャンセルかなということで、延期になった。
 「病院でもバカ話はできる」と当人も言ってたらしいが、
 晴れて退院したところでやりましょうや、となったのだ。
 
 そしたら、延期のはずが中止になっちゃってさ。
 「ちょっと気が早いなぁ」と、ぼくのほうは思ったね。
 いま、もしそっち側と連絡がとれるならそう言いたいよ。
 たぶん、「おおむね予定通りだナ」とか答えるだろうよ。
 まぁ「おおむね」かもしれないけど、惜しかったな。
 あと『黄昏』一回分くらいはバカ話をしたかった。
 
 ぼく自身は、「通夜のにぎやかな人になりたい」と
 ずっと考えてきたので、クマちゃんにもそうするよ。
 いろいろ思い出したりして、たくさん笑うことにするよ。
 本人は少々離れたところにいるけれど、
 そのへん想像で補って、ひとりでにぎやかな通夜をやるよ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ともだちが亡くなっていく、それがいちばんの老いですね。