| 糸井 | 4年は経ってないけど‥‥。 
 | 
          
            | 田口 | 3年ぶりくらいですね。 よろしくお願いします。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | よろしくお願いします。 いやー、いろいろありましたよね。
 野球ファンは知ってますけど、
 あんまり野球を知らない人に
 ここ数年の田口さんを説明するとしたら‥‥。
 
 | 
          
            | 田口 | 前回、ここにおじゃましたときは フィリーズでワールドチャンピオンになった
 直後でしたよね。
 そのあと、カブスに移って、
 日本に戻ってオリックスでプレーして、
 戦力外になって、で、いまの無職です。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | しかもいま、リハビリ中。 
 | 
          
            | 田口 | はい、リハビリ中です。 
 | 
          
            | 糸井 | もう、すごいことですよね。 ええと、説明すると、田口さんは、
 オリックスを自由契約になったあと、
 どのチームとも契約がない状態で
 右肩の手術に踏み切ったという。
 
 | 
          
            | 田口 | はい。 
 | 
          
            | 糸井 | しかも、けっこう大きな手術ですよね。 
 | 
          
            | 田口 | 6ヵ月かかるって言われてます。 
 | 
          
            | 糸井 | つまり、フリーの状態で、 治るまでに6ヵ月かかる手術を受けた。
 すごい度胸ですよね、それは。
 過去のプロ野球界でも例のないことでしょう。
 
 | 
          
            | 田口 | うーん、まぁ、でもしかたがないですよね。 その、ぼくがオリックスを戦力外になった時期と
 肩の手術をしないといけなくなった時期が
 たまたま重なっただけで。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | まぁ、野球の選手っていうのは いってみれば自営業者なんですけど。
 
 | 
          
            | 田口 | はい。 
 | 
          
            | 糸井 | その立場でいえば、 当然のことしたわけですよね。
 自営業としてはあたりまえです、みたいな。
 
 | 
          
            | 田口 | そうです、どうしようもない。 
 | 
          
            | 糸井 | でも、いままでいなかったですよね、 そういう人はね。
 
 | 
          
            | 田口 | まぁ、そうですね。 プロ野球の選手が手術をするときは
 だいたいどこかのチームに所属してますもんね。
 で、経過をみながらも、
 チームにはずっと所属できている
 っていうのが普通ですよね。
 
 | 
          
            | 糸井 | そう思います。 もしくは、ベテラン選手として
 つぎの所属先を探しながら、
 肩の故障については、だましだまし。
 
 | 
          
            | 田口 | というパターンが多いですね。 
 | 
          
            | 糸井 | でも、よく踏み切れたましたねぇ。 
 | 
          
            | 田口 | いや、理由はもう単純で、 ただ、ボールが投げたい。
 それだけなんですよ。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | はぁーー。 
 | 
          
            |  | 
          
            | 一同 | はぁーー。 
 | 
          
            | 田口 | それだけなんです。 
 | 
          
            | 糸井 | このままだと、満足に投げられないから。 
 | 
          
            | 田口 | はい。投げられなかったら、 この先、何もできないじゃないですか。
 たとえば、子どもたちに野球を教えるだとか。
 
 | 
          
            | 糸井 | ああ、そうですね、たしかに、そうだ。 
 | 
          
            | 田口 | 誰かを教える立場になったとしても ボールを投げないといけないだろうし。
 それを考えたら。
 
 | 
          
            | 糸井 | で、もちろん、子どもたちに 野球を教えるっていう段階の前に、
 選手としての可能性をきちんと考えてますよね。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 田口 | はい。それは、もちろん。 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | ああ、そういうところが、 なんていうかなぁ、
 気持ちがいいですね、聞いていて。
 
 | 
          
            | 田口 | うーん、でもまぁ、 先はまったく見えていないですよ。
 不安は、不安です。
 でも、投げられない状態のままいても、
 なにもはじまらないんで。
 そこは、行かないとしかたがない。
 
 | 
          
            | 糸井 | はーーー。 あの、こんなことを訊くのは、
 ほんとに失礼なんですけど、
 でも、田口さんには訊けちゃうから
 ぼくはすごくありがたいんですけど。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 田口 | はい(笑)。 
 | 
          
            | 糸井 | ずっと昔から、ウワサとして耳にしているのは、 プロ野球の選手っていうのは、
 ある種のヒーローとして、
 ふつうの人とは違う暮らしをしているから、
 まぁ、貯金なんかとは
 無縁な生活だったりするんだと。
 でも、田口さんのケースだと、
 あきらかにしっかりとした
 キャリアがあってのいまですから、
 ま、こういう、所属のない状態だとはいえ、
 「食いっぱぐれる」っていう
 心配はしないで済んでいる。
 っていうふうに、ぼくは勝手に思ってるんですけど、
 そう考えていいですか?
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 田口 | うーん、それは‥‥ぼくの中ではわからないです。 
 | 
          
            | 糸井 | あ、わからない。 
 | 
          
            | 田口 | はい。さすがに、明日をも知れぬ、 っていうわけではないですけれども。
 
 | 
          
            | 糸井 | でも、不安がないわけじゃない。 
 | 
          
            | 田口 | 不安は、いろんな意味であります。 
 | 
          
            | 糸井 | なるほど。 
 | 
          
            | 田口 | とくに、手術をしてからは、 いままで知らなかった
 自分の一面が見えてきたというか。
 こうなるとは思わなかったなぁ、
 ということもあって。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | ほう。 
 | 
          
            | 田口 | 今回、戦力外になって手術をして、 ほんと、3週間くらい、リハビリ以外に
 なんにもすることがなかったんです。
 だから、ほんとに、ずっとぼーっとしてたんですよ。
 まぁ、20年くらい休まずにやってきたから、
 2ヵ月くらいは、なんにもせずに
 ぼーっとしててもいいかなと思った。
 そしたらね、身体に、すぐ脂肪がつきました。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | ああ、そうなんだ(笑)。 
 | 
          
            | 田口 | で、体型もちょっと変っちゃったんですけど、 その2ヵ月間でなにがいちばん怖かったかっていうと
 働かない自分がめちゃくちゃ怖かったんですよ。
 
 | 
          
            | 糸井 | あああ、はいはいはい。 
 | 
          
            | 田口 | 「うわっ、仕事したい!」って。 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | それは、なんでもいいとさえ思うんですか。 
 | 
          
            | 田口 | そう、とにかく働きたい。 なんでもいいから働きたい。
 
 | 
          
            | 糸井 | 野球選手である以前の話として(笑)。 
 | 
          
            | 田口 | そう(笑)。 ぼくは絶対ずっと働かないといけないな
 ということは感じましたね。
 
 | 
          
            | 糸井 | 家の用事とかじゃダメなんですね。 
 | 
          
            | 田口 | はい。それも大事ですけど、違います。 収入が必要です。
 
 | 
          
            | 糸井 | ああー、そうかそうか。 
 | 
          
            | 田口 | 働いて、お金をいただくという、このうれしさ。 それがいくらだろうが
 ぜんぜん関係ないんですけれども。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | わかるなあー。 だって、ずーっと稼いできたんですもんね。
 そのために、トレーニングを重ねて。
 
 | 
          
            | 田口 | はい。 
 | 
          
            | 糸井 | あの、ぼくはいま、被災地に しょっちゅう行ってるもんですから、
 お話しをうかがって、
 被災地のお父さんみたいだなと思いましたよ。
 
 | 
          
            | 田口 | あ、そうなんですか。 
 | 
          
            | 糸井 | たとえば、漁師さんが被災して、 本人は健康でも船も港もない状態なんです。
 そういうとき、海や漁と関係ないところで
 「この仕事どうですか」って言われても
 俺の力が活かせてないっていう気持ちがあって、
 そこを乗り越えるのはけっこうたいへんなんですよ。
 事務や建設の仕事があります、って言われても
 じゃあそれやりますって言うには、
 自分のなかでなにかが引っかかるんです。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 田口 | ああ、そうでしょうね。 
 | 
          
            | 糸井 | で、たとえば決心して事務をはじめてみたら、 もっと若い人がどんどんうまくこなしたりして
 自分の居場所がますます
 わからなくなったりもするでしょうし。
 ずーっと寿司を握ってた人が、
 お店を流されたあとに、さっと割り切って
 違うことができるかというと‥‥。
 
 | 
          
            | 田口 | できないんですよ。 
 | 
          
            | 糸井 | そうなんですよねぇ。 寿司を握るためにやってきたことが
 ぜんぶ活かせないとなると、
 極端にいえば、生きている意味まで
 わかんなくなるっていう話を聞きました。
 
 | 
          
            | 田口 | 立場は違いますけど、わかります。 
 | 
          
            | 糸井 | うん。お店のないお寿司屋さんみたいだなと。 だって、それ以外のことを
 してなかったんですからね。
 
 | 
          
            | 田口 | そうですね。 ぼくもほんと、野球しかやってなかったんで。
 お店のないお寿司屋さんと同じですね。
 ぼくの場合‥‥
 握ってたのは、バットとボールですが。
 
 | 
          
            |  | 
          
            | 糸井 | ‥‥‥‥ああ。 
 | 
          
            |  | 
          
            | 田口 | ‥‥‥‥わかりづらかったですか。 | 
          
            |  | 
          
            |  | (つづきます)
 |