食べものの道すじがわかる人。──サブレのひとくちに隠れていること──

ほぼ日 HOBONICHI

兵庫県養父市(やぶし)の自然豊かな山あいに
「le fleuve(ルフルーヴ)」という
お菓子の工房が建っています。
そのオーナーシェフである上垣河大さんとほぼ日が、
一緒にサブレを作りました。
かわいらしい動物のかたちをした、
黒豆、栗、黒糖、全粒粉の4種類です。
ひとくち食べると、
口いっぱいに素材の豊かな風味と
心地いい食感が広がります
それは思わずじっと見つめてしまうほど。
どうしてこんなにおいしいの? 
そのわけは、山あいの工房を訪ねて、すぐにわかりました。
たとえば4つの味はすべて
使う小麦粉まで違うことなどなどなど‥‥。
上垣河大さんのプロフィール

本に書かれていなかった、
大事なこと

──
洋菓子マウンテンでは、
どのくらい働かれたでしょう。
上垣
5年弱くらいですね。
それまでは家で本を見ながら
チョコレートを作っていたんですけど、
ある段階から独学に限界を感じていたので、
マウンテンに入って、
眼の前が開けたようでした。
当時は、水野シェフの仕事を
すぐ近くで見ることができましたし、
自分がチョコを作る上で気になっていたことも、
すぐに答えてくださるし。
もう、スポンジが水を吸収するみたいな早さで
学ばせてもらうことができました。
──
例えばどういったことが、
本では難しかったのでしょうか。
上垣
しっかり読み込んで繰り返し作るんですけど、
本の通りに作っても、
思い通りに出来上がらなかったんです。
自分の技術も進歩はしているけど、
すごく遅いのがわかる。
後で分かったことですけど、
それは実は、本には大事なポイントが
書かれていなかったからなんです。
──
大事なことなのに、ですか。
上垣
たとえば本には、
テンパリング(チョコレートの温度を調整し、
光沢のある見た目と、なめらかな食感に仕上げるための作業)
の方法として、
温度帯の管理については書かれています。
「最初に50℃に上げてチョコを溶かし、
27℃に冷やします。
それからまた32℃まで上げます」と。
でもこれ、手法であって、
目的ではないんですよね。
テンパリングの目的は何かというと、
「チョコレートの結晶の形と量をコントロールする」
ためなんです。
──
なるほど。
それが本には書かれていなかった。
上垣
はい。
テンパリングは、
結晶を作って、その結晶を分散させる作業なんですけど、
それを知らずに温度だけを変えてもうまくいきません。
最近僕も、うちのスタッフによく言うんですけど、
「手法と目的は別のもの。
両方理解していないと、わかってるとは言えない」って。
手法だけをトレースするのは簡単ですけど、
本質的な部分は見えてこないし、
条件が変わったときに対応できなくなるから、
「何を目的にするか」というのが
すごく大事なんです。
──
じゃあ、
それまで積み重ねてきた独学があったからこその
気づきだったんですね。
上垣
それは大きいですね。
自分で考えて、研究するのは好きなので。
マウンテンでは、
シェフの仕事を見て学ぶこともできました。
たとえば洗い場って、情報の宝庫なんですよ。
シェフが試作した最新のクリームが、
ちょっとゴムベラに付いた状態で
洗いに出されてくるわけじゃないですか。
それを舐めて、
「ふむふむ、さっき仕込んでいたのがこうなるのか。
緩さはこのくらいでいいんだな」って。
──
目と舌で盗む。
上垣
そうです。
ケーキフィルムを巻いたりしながら、
シェフがしていることをとにかく盗み見て勉強しました。
実はこれ、
家業を手伝っていた10代の頃に
父から言われていたことなんです。
「仕事は見て覚えろ」
「言われてから動いても遅い。
親方の先回りをして準備するのが仕事なんや」
と。
それがこのときに生きたんですね。
──
すごいですね! 
それが職人の仕事の学び方。
上垣
父は、養蜂と養鶏、畑などで忙しいので、
当時、蜂の巣箱を組み立てるのは僕の日課でした。
蜂が巣を作るための木枠作りと、
そこに針金を張る作業なんですけど、
これがなかなか難しくて簡単にはできないんですよ。
父も、「これは大変な仕事なんや」と言いながら
やって見せてくれて。
それを真似しながら練習し続けて、
最後は父より早く、
きれいに張り上げられるようになりました。
──
そうやって伺うと、
たしかに学校に行くよりもおもしろそうです。
上垣
そうですね。
お菓子作りと一緒で、
僕はすぐ目的を考えてしまうタイプなので、
「まだやりたい仕事が見えているわけでもないのに、
学校のこの勉強は何の役に立つの?」
って思っちゃったんですね。
我が家は「働かざる者食うべからず」という家なので、
当時は家業もすごくやりたかったわけではなかったですけど、
僕にとっては学校より学びのある時間でした。
──
マウンテンで働かれたあと、
独立されることになるんですよね。
独立は、最初から考えられていたのでしょうか。
上垣
最終的には一人の職人として、
自分がおいしいと思えるものを作って、
それに共感してくださる方に買ってもらえたらいいな
と思っていました。
マウンテンに勤めているときから週末には帰ってきて、
農家さんから仕入れた材料でジャムを作って、
道の駅で蜂蜜と一緒に販売していたので、
この家を祖父がリフォームするときに、
厨房を作ってほしいとお願いしたんです。
マウンテンで技術も学ばせてもらったおかげで
チョコレートや焼き菓子も作れるようになったし、
自分が作りたいものも出てきたので、
2014年に「ルフルーヴ」を立ち上げました。
──
独立されてからは順調でしたか? 
上垣
いやぁ、最初は全然です(笑)。
自分がおいしいと思えるものは作れるようになったものの、
当然、注文がなかったら作れないわけです。
さっそくネットショップを立ち上げたのはいいけれども、
人通りのない細い路地にお店を構えるようなもので、
見に来てくれる人がいない。
そんな時期がけっこう長くて、
野外のイベントやマルシェに出店したりして、
少しずつ店の名前を知ってもらえるように努力しました。
でも、出店する場所とそれに合った商品、
価格設定を考えないといけないので、
学びは多かったです。
──
それから、
だんだんと人の多い場所へ出店されて。
上垣
そうですね。
僕がマウンテンを離れてからも
水野さんにはお世話になっていて、
独立して2年めに、
「JR京都伊勢丹のサロン・デュ・ショコラに出店したいんです」
とお話をしたら、
バイヤーさんに連絡してくださいました。
早速バイヤーさんに面接に行って、
チョコを試食してもらって、
無事出店できることになりました。
──
やりましたね! 
サロン・デュ・ショコラといえば、
いちばん大きなチョコの祭典ですよね。
上垣
でも、最初の年はいろいろと不安でした。
僕一人で作っていたので、
2週間の会期のうち、1週間に短縮してもらったり、
ちゃんと売れるかわからないから、
販売スタッフを雇うお金やホテル代も出せなくて。
京都の知人の家に泊まらせてもらいながら、
妻と2人で交代して店に立つんですけど、
会期の後半には2人とも疲労がピークになって‥‥。
──
それは大変でしたね。
実際の売れ行きはどうでしたか? 
上垣
終えてみると、
ありがたいことにお客さまもついてくれて、
ホテル代も捻出できるくらいになったんです。
それでバイヤーさんに、
「来年もぜひ出させてください」と言ったら、
「そのつもりです」と言っていただけて、
3年ほど続けて出店させてもらいました。
そのあと、
運よく伊勢丹新宿店のバイヤーさんとお話ができたんですけど、
その方が原材料の生産者に対するリスペクトが厚い人で、
僕が農業もしていることを伝えたら、
伊勢丹新宿店のサロン・デュ・ショコラへの
出店のお話をいただけて、
初めて都心で販売ができました。
──
ルフルーヴの名前が
たくさんの人に知られることになったんですね。
上垣
ありがたいことです。
‥‥ところで、そろそろお昼の時間ですけど、
お腹すきませんか?
簡単な野菜炒めでよかったら作るので、
うちの畑に野菜を採りにいきましょう。
──
採れたて野菜の炒めものを
いただけるなんて。
上垣
ささっとフライパンで
炒めただけなんですけどね。
──
これ、味つけは‥‥?
上垣
塩だけです。
──
塩だけとは思えない。
ものすごく味が濃くて、
シャキッとしていてめちゃくちゃおいしいです!
これが、さっきの元気な鶏さんの糞に
栄養をもらって育った野菜なんですね。
自分の口にいれて改めて、
すべての栄養が循環していることがわかりました。
(つづきます)
2025-09-26-FRI

基本材料から最適なものを吟味。
ぜひ食べ比べて、
サブレの奥深い世界をご堪能ください。

「ほぼ日のおかし」シリーズに
おいしいサブレの詰め合わせが登場します。
兵庫県養父市(やぶし)のお菓子工房
「le fleuve(ルフルーヴ)」の上垣河大さんに
この季節にあわせた味覚の
オリジナルサブレを作っていただきました。
かわいらしい動物のかたちをした、
りす、アルパカ、くま、ハリネズミ。
この4種類はそれぞれ、
卵、砂糖、バター、小麦粉の基本材料を吟味し、
まったく異なる風味のサブレに仕上げています。
ひとくち、ふたくちと食べ進めるうちに
工夫を凝らした、隠されたおいしさが顔を出しますよ。

ルフルーヴのサブレ 3.990円(税込・配送手数料別)

2025101日(水)午前11

※10月7日(火)より順次発送となります。
※常温便でのお届けです。
※賞味期間が短いため、他の商品とのとりまとめはできません。

「ルフルーヴのサブレ」
かわいらしい動物のかたちをした、
4種類の味を詰め合わせました。
  • りす

    りす
    兵庫県丹波産の黒豆コンフィを混ぜ込んだ
    タルト生地のようなサクサク食感。
  • アルパカ

    アルパカ
    自家養蜂の栗の蜂蜜と
    イタリア産の栗パウダーを合わせた
    風味豊かなサブレ。
  • くま

    くま
    沖縄県今帰仁産の黒糖の、
    コクと香ばしさがアクセント。
  • ハリネズミ

    ハリネズミ
    兵庫県豊岡産の全粒粉を使った、
    ホロホロ食感。