池谷 |
数年前、グランドキャニオン行ったとき、
ものすごーく、広大な景色が見えました。
向こう岸までは数十キロあって、
渓谷の左右は何百キロ見えてます、と
説明されたんです。
そう言われても、
自分のからだを超えすぎてしまっていて、
僕にはその距離が
ぜんぜんわかりませんでした。
つまり、東京から名古屋くらいまでが、
今まさに、一気に見渡せているわけですが、
でも、そんなの実感がわかないんです。
われわれの目にわかる距離って、
せいぜい1キロとか、そのぐらいでしょう。
それを超えちゃったら、みんな同じ。
感覚的によくわからなくなってしまうのでは
ないでしょうか。
人数も同じことで、
山岸先生がおっしゃった「150人」は、
ちょうどいい数字かもしれません。 |
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糸井 |
小さい単位で
ものを考えていくことをしなかったら、
人間は地球上に
分布しなかったとさえ思います。 |
池谷 |
ああ、なるほど、そうですね。 |
糸井 |
人間は、地球に
同心円的に拡大していったんじゃなくて、
分布していったわけですから。
そのたびに、
「俺、ここに残るわ」
というやつがいたんです。
しかも、ものすごい早さの
分布だったんですよね。
アフリカから出発して、アジア側に行った人、
インドネシアのほうに行った人、
ヨーロッパに行って、
シベリアから日本のほうに来た人、
アメリカに渡って、最後に
チリの最先端で終わった。
「終わった‥‥」(笑) |
池谷 |
しかも、移動する人数は、いつも少人数。
大移動じゃないんですよね。
‥‥僕は、自分の研究で
こだわっていることがありまして、
それについては世界最高記録を持っているんです。 |
上大岡 |
記録保持者? |
池谷 |
そうなんです(笑)。
なんの記録かというと、
神経の活動をできるだけ高速に
レーザー顕微鏡で画像化することです。
世界最高速の1秒間に2千枚です。
そして、高速というだけでなく、
僕がもうひとつこだわりたかったのは、
画像におさめるニューロンの数です。
だいたい数十個撮ると
すごいと言われる業界ですが、
これまでの世界最高レベルは、1,000個でした。
僕も1,000個は撮ることができていましたから、
世界最高レベルです(笑)。
でも、それでは飽きたらず、
これを、もう1桁増やしたいと思いまして‥‥ |
上大岡 |
できました? |
池谷 |
はい、先月、10,000個を達成しました。
もうここまで行くと、
しばらく誰も勝てないと思います(笑)。
そこまで行っちゃって、
一応は満足したんですが、
それでわかったことがあります。
たくさんの写真を撮れば
たくさん情報が入ってくるだろう、
だからたくさんの発見ができるだろう、
と思っていましたが、実際は、違いました。
ニューロンのグループ単位って、
おそらく100個とか、
あるいは多くても1,000個くらいなんです。
だから、10,000個撮ってわかったことは、
たくさんのグループがいっぱいあった、
ということだけでした。
神経局所回路の研究をしたいんだったら、
1,000個くらいの規模で十分だった、
ということがわかったんです。
だから、大規模化って、意味があまりない‥‥
やってみてわかったんです(笑)。 |
糸井 |
そこに行ってみたいという若者の心が
そうさせた(笑)。 |
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池谷 |
そうなんです。
チリまで行ったら
「ああ、もうそこはおしまいだった」みたいな、
そういう雰囲気がいま、
僕の中にありまして(笑)、
まぁ、がっかりしました。
なかよしグループみたいなニューロンがあって、
それがモザイク状になっている、というのが
脳なんです。 |
上大岡 |
脳がそうできてるんだから、
私たちの人間関係も
そうなっておかしくないですね。
それぞれのところが少しつながって
活動しているだけで、
全体的な操作は、実はない。 |
糸井 |
ちょっと前まで、いろんなスポーツで
「データ主義」のようなことが
言われていましたよね。
首脳陣が相手の弱点を分析して、サインを出して
それをひたすら破らなければ勝つ、
という発想です。
つまり、選手を身体と考えて、
監督なりコーチなりを脳とする発想です。 |
池谷 |
中枢思考主義的なやり方ですね。 |
糸井 |
ええ。ところが、野球でいうと、
去年田口壮さんがいたフィリーズの
マニエル監督は、
ほとんどサインを出さなかったらしいです。
盗塁は、自由だった。 |
上大岡 |
すごいですね、考えらんない。 |
池谷 |
草野球みたいですね。 |
糸井 |
盗塁の材料はひとつだけ。
ピッチャーが投球のモーションに入ってから
キャッチャーが球を受けるまでのタイムです。
それを、ストップウォッチを持っている
1塁コーチが選手に教えてあげるんです。
ただ、それだけ。
選手は、練習で山ほど走っているわけだから、
自分が何秒でセカンドへ到達できるかを
知っているんです。
そこから計算して、自由に走っていいんです。 |
上大岡 |
そこで走れという指示じゃなくて、
自分の判断で走れということですよね。 |
糸井 |
そう。全体の中で、
「ここは走るべきかどうか」と考えるより、
一塁走者が「いまは有利だ」と思ったときには
そうに決まっている(笑)。
そうすると、反射神経型の人体のような
チームができていくんですね。 |
上大岡 |
それで優勝したんですものねぇ。 |
糸井 |
スポーツだけじゃない、いろんな組織にも
同じようなことが言えると思います。
中枢神経だけが命令を出していると、
伝達ロスがありますし、
中枢の人たちがわからない情報を、
現場がものすごく持っているわけですから。
極端に言うと、僕は最近
脳よりも皮膚に興味が出てきてるんです。
皮膚って、まさしく
外界とのインターフェースでしょう。 |
池谷 |
そういう意味で言うと、昆虫は
からだじゅうに脳を分散していますよ。
ハエとか、ああいう虫はそうです。 |
上大岡 |
え? ああ見えて‥‥。 |
糸井 |
(笑)ハエはああ見えて、 |
上大岡 |
脳がいっぱい。 |
一同 |
(笑) |
池谷 |
心や脳は、頭だけじゃなくて、
むしろ身体あるいは環境全体に
分散しているんです。
皮膚ってけっこう、
僕たちにわからない、いろんなことを
知っているみたいです。
自分の意識がわかってないだけで、
からだのほうがよく知っていることがある、
という現象が、いろんな実験でわかっています。
緊張したりリスクがあるときに
手に汗を握ってしまいますが、
「あ、これはリスクだな」というふうに
僕らが気づく前に、
もうすでに手は汗ばんでいるんですよ。
例えばAとBという、ふたつの選択肢があって、
Aは危ない、Bは大丈夫、
ということがわかるまでは、
何度かトライすることになります。
だけど、Aがまずいとわかる
ずいぶん前の選択で、
Aを選ぶときには
皮膚が汗をかいているんです。
一方、僕らは、しばらくしてから
「あ、Aって危険なんだ」ということが
意識としてわかります。
そういう実験結果を見ると、
私たちの脳は、
「皮膚が汗をかいているな」という状態を見て
危険を理解しているんじゃないかとさえ思います。 |
上大岡 |
皮膚って、
内臓のサインを出すとも言われますよね。
見えないところの影響が
最初に出てくる。 |
池谷 |
そうそう。
ですから、触診ができる名医というのは
ほんとうにいるんですね。
最近は、そういう名医が減っちゃいましたが‥‥。 |
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(つづきます) |
2009-04-07-TUE |