他人の不幸は喜びである。

池谷 例えば、同窓会で久々に
大学の友人に会ったとします。
その友人が、社会的に成功して、
収入も多く、きれいな奥さんをもらって、
高いものを身につけて、
ものすごくうらやましい生活をしていたとします。

そのとき、自分が
劣等感というか
悔しい思い、やきもちを感じたとします。
その脳の活動を
MRIでスキャンするという実験を
私の知り合いの人がやったんです。
糸井 すごい実験ですね(笑)。
上大岡 ねたみを実験するんですね。
池谷 そうなんです。
そうすると、帯状皮質とか、あるいは、
いわゆる不安感を司る部分の脳が
活動するんですよ。
それ自体はまあ、そうだろうと思うんです。
その実験がおもしろいのは、ここからです。

同窓会の後、
その成功した同級生が、事故に遭ったとか、
離婚しちゃったとか、
事業に失敗しちゃったとか、
そういうニュースが舞い込んできたとしましょう。
僕の知人は、そのときの脳の活動まで
スキャンしているんですよ。
糸井 すごいことしますね(笑)。
池谷 そうすると、側坐核、
いわゆる報酬系と呼ばれる、
脳の喜びを感じる部分が
活動していることがわかりました。

「他人の不幸は蜜の味」といいます。
他人の不幸を喜ぶ気持ちって
汚らわしいし、
封印すべきものとして扱われているんですけど、
脳の活動を見ていると、
「確かに」そうやって活動しているわけですよ。
上大岡 はぁああ。
池谷 もう、それはそういう反応として
存在しているわけですよね。
人間はそういうふうに動いているのに
それを汚らしいという価値観にしているのは、
むしろ、こちら側じゃないか、と
思ってしまうんです。
糸井 なるほど。
池谷

お金のこともそうです。
お金をもらうと、それだけで
報酬系の、快感ニューロンが
活動することがわかっているんです。
でも、特に日本では、
お金って汚いものだと言います。
お金の話ばかりしていたら下品だ、と。
もちろんその意味は理解していますが、
でも、脳はそんなふうになってないなぁ、
それはしょうがないことになってるんだなぁ、
と思います。

そういったことを織り込みずみで
ヒト全体のことを
考えていかないといけないなぁ、と、
ここ2週間ぐらい考えているところです。

上大岡 じゃあ、他人の不幸を喜んでいる自分を
嫌いになる必要はないのかもしれないですね。
池谷 そういうことなんです。
糸井 おそらく問題は、その先に
移っていくんじゃないかと思います。
つまり、自分が選択するのは、
そのままでいたい自分として生きるのか、
そうじゃないほうに行きたいのかという
ポイントに。
上大岡 ああ、そうですね。
糸井 だけどそれはおそらく、
答えが出ないんですよ。
人間はそのジャッジを
ずっとくり返しているんだ、
ということなんじゃないでしょうか。
シェークスピアひとつ読んだって、
殺人事件だとかねたみとか、
ほとんどがピカレスクで、
ずっとそこがテーマになってますから。
池谷 確かにそうですね。
糸井 あれを「芸術だ」「ブラボー!」と、
我々はみんな立ち上がって拍手するわけです。
なぜかというと、そこに、
人間がいるからですよね。
池谷 そうだと思います。
糸井 ねたみなんて、複雑な感情ですから
ゾウリムシにはないですよね、きっと。
犬にもなさそうだしなぁ。
池谷 サルには微妙にあるみたいですよ。
ていねいに実験をしないと、
はっきりとは見えてこないんですが、
例えば、簡単に言っちゃうと、
サルAにエサをあげて、
サルBにはAの目の前でもっとたくさん
いいものをあげるようにします。
するとAはそれまでの報酬を
もらわなくなっちゃうんです。
「あいつ、もっといいもの
 もらっているんじゃないか。
 あれと同じものをよこせ」って。
Aにはいつも飴玉をあげて、
Bにはバナナ3本あげていたら、
Aは、いままでは喜んで食べていた飴玉を、
もう食べなくなっちゃうんですよ。
上大岡 人間くさいですね。
我々を見ているようです(笑)。
ねたみとか、どうしようもなく
わいてくる感情を、
もう絶対出てきちゃいけない、
存在しちゃいけないもんだと
以前はすごく否定していました。
だけど、最近では
それが出てくるのが人間で、
出てきちゃうのはしょうがないと
思えるようになりました。
『のうだま』は、三日坊主が
ひとつのテーマになっているんですが、
私は何をやってもすごい三日坊主で、
それでいつも自分を責めていたんです。
糸井 だけど、三日坊主だから
あの本を作るんですよね。
上大岡 そうです。
三日坊主じゃないと、
あんな本作れないんですよ。
池谷 そう(笑)。
上大岡 それに、三日坊主は脳の仕業だって
池谷さんは言うじゃないですか(笑)。
それを知ってからは、
受け入れられるようになりましたし、
乗り越えられるようにもなりました。
(つづきます)
2009-04-01-WED
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