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ゼロに戻す仕事から、プラスの仕事へ。"
ぼくが2011年からずっとやってきたことは、
震災がなかったら、
やる必要もなかったことです。
言ってみれば、マイナスを一生懸命ゼロに戻す仕事。
でも時が経つにつれ、仕事の方向を、
プラスに向けられないかなと思うようになりました。
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そして、福島で暮らしている、
これから育っていく若い人たちと、
なにかプラスになるようなことをやりたいなと、
非常に強く思うようになりました。
いろんな方に
「福島県内で放射線の話はずいぶんしたけど、
たまには本職の(物理学の)話をしたい」
というふうに言っていたところ、
2013年の秋に、福島高校の先生が、
ぜひうちで授業をしてくださいとおっしゃったんです。
福島高校というのは、
スーパーサイエンススクールに指定されている
理系に力を入れている学校です。
福島高校に行ったのは、2013年10月。
ちょうどノーベル物理学賞が発表された週でした。
「ヒッグス粒子」という、
50年前予言された粒子がちゃんと見つかって、
その予言をした方々にノーベル賞が与えられたんです。
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そのときぼくが着ていたTシャツには、
4行の数式が書かれています。
この、なんかまるっこい
「φ(ファイ)」というギリシア文字、
これがヒッグスを表しているんです。
高校生相手に、若干無謀かなとも思ったんですけど、
「この4行の数式は、なにか?」というのを
1時間かけて説明する授業をやりました。
それも英語でやったんです。
で、驚くべきことに、
そのあと質疑応答は日本語でいいよ、といったら、
質疑応答がなんと2時間続きました。
これは非常に感動的でした。
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そのときに、ここにおられた先生方から、
2014年1月に、フランスの高校生と
ビデオ会議をやるので
そのアドバイザーをやってもらえませんか、
と頼まれました。
フランスはご存知のとおり、
原子力発電所がたくさんある国で、
放射線教育にも熱心です。
ぼくはよろこんで福島高校に行きました。
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フランスと日本をビデオでつないで、
福島高校側は、今の福島の状況を英語で発表する。
フランスの高校生も、慣れない英語で発表しました。
で、これが非常にうまくいった。
今後の予定を聞いたら、
3月にジュネーブのCERN研究所に
ヨーロッパの高校生約200人が集まって
国際会議をするという。
福島高校の生徒も行くのかと思ったら、
予算がないから行けない、と。
それはもったいないから、
お金を出してあげることにしたんです。
と言っても、ぼくの自腹ではなくて、
皆さんからいただいた寄付金をそれに充てて、
彼らの旅費を出しました。
で、ぼくが3人の高校生を引率して
CERN研究所に行ったんです。
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これはCERN研究所の正門前にある木製ドームです。
集まったのは、フランス、ドイツ、
ポーランド、モロッコ、
ベラルーシ、ウクライナなどの高校生200人。
このなかに福島高校の生徒3人もいます。
英語で福島の状況を、
ちゃんと発表することができました。
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せっかくCERNに行ったので、
普段は滅多に入れない地下の実験室を見学したり、
最後はパリでホームステイをして、帰ってきました。
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この高校生との取り組みは、その後も続いています。
2014年の夏には、福島高校で合宿をしました。
今度は、生活のなかで放射線をどれだけ受けているか、
という外部被ばく量のデータを集めました。
福島だけでなく、全国の高校、
それから世界の高校に同じ線量計を配って、
2週間測定してもらったデータを集めて論文を書く、
というプロジェクトを進めています。
論文は、もうじき出せる状況になると思います。
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そして今年の1月に、
ちょっとうれしいことがありました。
福島高校の生徒会の有志が
イベントを開催することになり、
そこに糸井さんとぼくを招いてくれたんです。
招いてくれた、といっても、
ノーギャラで、手弁当で行ったんですけれど(笑)。
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当日は、福島高校の生徒と、
郡山の安積高校の生徒たちが集まりました。
ぼくらが話すんじゃなくて、
ほとんどの時間、彼らがしゃべりました。
彼らは、震災の時、中学1年生でした。
そのとき、家の中でどんな会話をしていたかとか、
いま放射線の問題について
どんなことを話しているかとか、
さまざまなパーソナルなことを生徒たちが話して、
われわれが聞くという、
そういう感じの会でした。
彼らも震災以来、
そういうことを友だちとまったくオープンに話すのは
はじめてなんじゃないかと思うんですね。
われわれも、いい経験をしましたし、
彼らの成長が感じられる会でした。
このあとは、3月に、
福島高校の生徒3人連れて、
フランスに行ってきます。
‥‥というあたりで、時間になりました。
最後の締めにどう言おうかな、
と思ったんですが、
ぼくが、いま、取り組んでいることに対する
なんとなくの心構えを表現すると、
こんな感じになると思います。
「こどもの心でおとなの仕事をする」
なんとなくわかっていただけますか?
これの意味は、このあとの対談で、
ということで、ひとまず、
どうもありがとうございました。
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2015-06-18-THU