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東日本大震災をきっかけに。"
東日本大震災が起きた2011年3月11日、
ぼくは東大にいまして、
まずは管理職として、
みんなが避難することを見届ける、
という仕事をしました。
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その後、ほかの多くの方々と同様に、
ぼくも帰宅難民になりました。
家まで歩いて帰ったら、
テレビが壊れていて、ニュースが見られませんでした。
けれども、翌日からは放送局がインターネットで
ニュースをストリーミングするようになりました。
それではじめて、3月12日に
「原発で事故があったということ」
「原発でセシウムというものが検出されたこと」
を知りました。
ぼくには、反物質の研究をしてきたなかで身についた、
放射線に関しての知識が少しありました。
実験で放射線を使うこともあるので、
そのニュースがなにを意味するかということは、
聞いていてわかりました。
最初は、やっぱり研究者としての好奇心があったんです。
なにが起きたか、よりよく知りたいということで、
データを集めるようになりました。
それをグラフにして公開すると、
多くのみなさんが注目してくださいました。
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これが最初につくったグラフです。
2011年の3月13日の朝、
東電が送った数字をネットで見つけて、
そこから読み取ったデータでつくりました。
これをツイートしたら、
3000人弱だったフォロアー数が、
瞬時に90000人に増えたので、とっても驚きました。
当時は、ひたすらデータを集めて、
わかりやすいグラフをつくったり、
地図の上に表示させたりして、
それをツイッターでシェアをする
ということやっていました。
今回の福島の原発事故というのは、
ネットが普及してから、
はじめて起きた原子力事故です。
いろいろな情報が、早く拡散する。
それによって生み出された混乱も
一部ではもちろんあるわけですが、
さまざまなプラスの活動も生み出されました。
ぼくの場合は、
多くのことをネット上で学ぶことができました。
自分が発信すると同時に、
いろんな人のツイートを読んで、学びました。
最初に、学んだものが形になったのが、
給食を測るということを提案したときです。
2011年の夏ぐらいになると、
実際に飛行機から測定した放射線量が公開されたりして、
いろんなデータを見ることができるようになってきました。
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でも当時、とくに子どもたちが、
「どのくらい汚染された食品を食べているか」
ということがわかるデータはまったくなかったんです。
それで「給食を測る」ということを文科省に提案しました。
でも、文科省の担当者は、
「測りたくない。
もし、(汚染されているという結果が)出てしまったら、
パニックになるから」と言ったんです。
そこで、当時の約15万人のフォロワーに
「給食を測るという提案を、どう思うか」と、
ネット上で質問してみました。
2晩で、7000人ぐらいの方に回答してくいただき、
そのほとんどが「やったほうがいい」という意見でした。
その結果を持って文科省のトップに提案しました。
それで、やっと2012年から国の予算がついて、
福島県内と、周辺県で給食を測れることになったんです。
だけど、早く測り始めたいのに、国の動きは遅い。
それで、2011年の暮れぐらいから、
南相馬の給食を測るということを自費で始めました。
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これも南相馬の市長に
「自腹を切っても測るから」ってお願いして、
はじめました。
そのことをツイートしていたら、
ありがたいことに、皆さんが私宛に
寄付金を送ってくださるようになりまして。
小学校、中学校、それから保育園の給食を測る費用に
あてることができるようになりました。
それから、震災以来、ネットのおかげで
膨大な方々との出会いがありました。
まず、福島県内のお医者さんとの出会いがありました。
2011年の夏ぐらいから、
住民の方々の内部被ばく検査がはじまりました。
でも、専門家じゃないお医者さんにとって、
そういった測定や検査は、はじめてなわけです。
ぼくも、やったことはなかったけれど、
放射線を測るということについては知識がありました。
ぼくのツイートを見て、
「あ、この人に相談してみようかな」と思った
福島県内のお医者さんが複数おられたんです。
それで、ぼくのところにメールを送ってきたり、
私のオフィスを訪ねてこられたりして、
「今、こういう状況で混乱をしている」
という話を聞きました。
そんな経緯で、2011年の秋ぐらいから、
ぼくも病院に行って、福島県内の方々の
内部被ばく検査に関わるようになっていきました。
いまでも、この協力関係は続いています。
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この検査の結果については、
『知ろうとすること。』や論文にも書いています。
とにかく、驚くほど福島県内の内部被ばくが少なくて、
検出できないくらい低いということがわかってきました。
2012年のはじめには、
すでにぼくらは気づいていたんですが、
さらに、そのあと1年ぐらい、何万人ものデータを見て、
「これは大丈夫だ」ということを確信して、
論文を書きました。
この論文は、国連の科学委員会の
レポートにも掲載されています。
内部被ばく検査の結果については、
テレビや講演で話をしたり、
直接、お母さんなどにも話をするんですが、
なかなか納得していただけません。
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この、後ろに映っている大きな箱形のものが、
内部被ばく量を測定するのに使う、
ホールボディカウンターという装置です。
測定するためには、この中に2分間、
じっと立っていなければなりません。
小さな子どもは2分間狭い場所に
じっと立っていられませんから、
この装置では測れないんです。
それでも、お母さん方は、
どうしてもうちの子どもを測ってくださいって、
赤ちゃんを連れてくるんですよ。
科学的には、赤ちゃんを測らなくても、
お母さんを測れば、自宅で食べているものが
安心かどうかはわかります。
だから、ぼくらはずっと、
お母さんを測りましょうって言っていました。
でも、やっぱり、これはもう
「科学の問題」じゃなくて、「心の問題」です。
納得していただけないのも当然だと思って、
2013年の春、ベビースキャンという、
小さなお子さんを測るための
内部被ばく測定装置というのをつくりはじめました。
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製作したのは、アメリカの会社です。
ただ、今回の装置は、
お母さんが見て「この装置なら安心」と
思ってもらえることが大事です。
ですので、デザインは、
suicaの改札口などをデザインしたことで知られる、
工業デザイナーの山中俊治先生にお願いしました。
2013年夏、実物大の模型をつかって、
お子さんがそのなかでひとりで
「ちゃんと4分間寝ていられるか」
いろいろ実験しました。
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ご覧のように、1歳半ぐらいになると、
iPadでアンパンマンかなんかを見せておくと、
おとなしく4分間寝てくれるんです。
こんな実験を繰り返して、
完成したのがこんな装置です。
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バスタブみたいな装置なんですが、
中身は鉄を6トンつかってまして、
相当、ごついものです。
それを、ごつく見えないようなデザインを
山中先生に考えていただいて、
本当にありがたかったです。
去年、福島県内に3台設置して2000人測りました。
測るだけだったらもっと大勢測れるんですが、
検査後、お母さんたちと話をすることがポイントです。
測定に来られるお母さんたちは、
かなり心配をしておられるわけです。
病院のスタッフや、お医者さんたちが、
検査結果をお伝えして、安心していただく。
ベビースキャンは、
コミュニケーションをとるための道具なんです。
測定の結果は、2000人をしっかり測って、
セシウムが検出された赤ちゃんは1人もいませんでした。
ここでも内部被ばくが驚くほど低い、ということが
実証されました。
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2015-06-17-WED