| ── | 紀子さんは 最近、北欧ノルウェーの漁師さんたちを
 見学してきたんだそうですね。
 
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        | 紀子 | はい、最新の漁業の現場を見てきました。 本当に素晴らしかったです。
 
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        | ── | そのときのこと、教えていただけますか? 
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        | 紀子 | はい。まず、ノルウェー沖というのは 北大西洋のカナダ沖と
 私たちの目の前にある宮城県三陸沖とともに
 「世界三大漁場」のひとつなんです。
 
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        | ── | つまり、三大漁場の三陸沖の紀子さんが 三大漁場のノルウェー沖に見学へ行かれたと。
 
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        | 紀子 | ええ。で、ノルウェーという国には 人口は「500万人」くらいしかいないそうです。
 
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        | 和枝 | つまり、東北よりぜんぜん少ない。 
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        | ── | あ、そういう数なんですか。 
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        | 紀子 | だから、ノルウェー沖の豊富な水産資源にたいして 人口が少ないので、
 漁獲量のほとんどを輸出しているんですが‥‥。
 
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        | ── | へー‥‥。 
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        | 紀子 | 行ってみて、まず驚いたのが「時給」でした。 
 気仙沼にもあるような、
 ふつうの水産加工場の流れ作業ではたらく
 女の人の時給が、
 なんと「2000円以上」だっていうんです。
 
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        | ── | わあ。 
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        | 紀子 | しかも、土曜日になると「3000円」で 日曜日には
 倍額の「5000円」になるんですって。
 
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        | ── | すごいですね。 
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        | 紀子 | 気仙沼では、そんな時給を高くできない。 
 同じ魚を相手にして9割以上の輸出産業であるのに
 このちがいって、なんなんだろう‥‥と。
 
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        | ── | はたらく人の時給が高いってことは 工場の側も儲かってるわけですよね。
 
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        | 紀子 | はい、ノルウエーでは 水産加工会社も儲かっているし、
 船も儲かっているんです。
 
 工場側、船側、商社側など、
 なぜそういうことになるのか学びたいと思って、
 視察に行ったんです。
 
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        | ── | 設備とかも、すごいんですか? 
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        | 紀子 | すべて、機械化されていました。 
 たまたま、次の日にはじめての航海に出るという
 何千トンとかいう
 大きな巻き網船を見せてもらったんですけど
 もう「豪華客船」みたいでしたね。
 
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        | ── | ははあ。 | 
      
        | 紀子 | 船もすごく機械化されていて、 いままでの気仙沼のイメージで
 「機関長さん」って言うと
 油まみれでバルブの調節とかする人なんですが
 ノルウェーの機関長さんは
 すべてを「iPad」で管理していました。
 
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        | ── | なんたるスマート。 | 
      
        | 紀子 | あの画面で、いま油がどれくらい残っているかとか、 魚倉の中の温度は何度だとか、
 船の現在の状況を把握してるんです。
 
 しかも、ペーペーの1年生の船員さんでも
 年収が「900万円以上」とか、あるんだって。
 
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        | 和枝 | つまり、ノルウェーの漁師さんって、 もう「子どもたちの憧れの職業」なんですよ。
 
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        |  | 
      
        | ── | サッカー選手とか、パイロットみたいな。 
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        | 紀子 | そうそう。 
 あの船を見たり、お給料の高さを知ったら
 「僕の将来の夢は
 サバを捕る巻き網船の船長さん!」って
 そりゃあ言うよなあってくらい、
 漁師さんを取り巻く環境が素晴らしかったんです。
 
 だって「シアタールーム完備」なんですから。
 たった12人の船員さんのために。
 
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        | ── | すごーい。 
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        | 紀子 | 見るもの見るものが ああ、これなら「船乗りになりたい!」って
 思うだろうなってものばかりでした。
 
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        | 和枝 | でも、昔の気仙沼って、そうだったんだよね。 
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        | 紀子 | そう。昔はすごくお金になったんですよ。 うちの父が、まだ若かった時代なんかは。
 
 縁故がないと、いい船に乗れないほどで。
 
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        | 和枝 | この前、カツオ船の船頭さんが言ってたけど、 陸では、麦とか雑穀とか、
 いろいろ混じったごはんだったんだけど、
 「船に乗れば
 白いごはんを腹いっぱい食べられた」って。
 
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        | ── | 船の上にいたほうが、暮らしがよかった。 
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        |  | 
      
        | 紀子 | かつては、ですね。でも、いまはちがいます。 日本の生活の質もどんどん良くなりましたし。
 
 若い人たちが、
 みんなスーツを着る仕事に就いちゃうように
 いつからか、魅力を失ってしまった。
 
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        | ── | なるほど‥‥。 
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        | 紀子 | このまま 若い世代が育つ環境をつくっていかないと
 日本の漁業は
 どんどん衰退していってしまうだろうなって
 ノルウェーで再確認したんです。
 
 | 
      
        | ── | 漁師さんたち、あんなにカッコいいのに。 
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        |  | 
      
        | 和枝 | だから、衰退させないためにも、 若い人たちに
 漁師さんたちのカッコよさや素晴らしさを
 知ってほしいんです。
 
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        | ── | ちなみに、ノルウェーの漁業って どうして、そんなに潤っているんですか?
 
 ノルウェーの魚が、高く売れるんですか?
 
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        | 紀子 | そうなんです。そこなんです。 
 震災前、国内消費以外のサンマやサバって
 気仙沼からベトナムや中国、
 遠ければアフリカまで輸出してたんです。
 
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        | ── | そうなんですか。 
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        | 紀子 | 英語でも「サシミ・グレード」という言葉が 世界の貿易用語のように通用しているし、
 一般的に「日本人は魚の品質にはうるさい」って
 思われていますけど、
 ノルウェーの魚の鮮度レベルって、
 日本の冷凍魚のレベルより、もっと高かった。
 
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        | ── | なるほど。 
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        | 紀子 | そのことを知って、ショックでした。 
 ノルウェーの人に
 ベトナムの人もアフリカの人も、
 本当は脂の乗ったノルウェー産の魚を食べたいけど
 高くて買えないから
 値段の安い日本の魚を食べているんだって聞いて。
 
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        | ── | どうして、そのような差が? 
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        | 紀子 | 管理方法と漁獲方法が、ちがうんです。 
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        |  | 
      
        | 和枝 | だって、泳いでるときは一緒だもんね。 魚は魚だから。
 
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        | ── | 穫るときと、獲ったあとがちがう、と。 
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        | 紀子 | とくに大きいなと思ったのは、漁獲方法です。 
 日本では「オリンピック方式」と言って
 はじめに
 大枠の漁獲量が決められているんですね。
 
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        | ── | ええ、ええ。 
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        | 紀子 | なので漁師さんたちは、解禁日になったら 「よーい、どん!」で獲りはじめて
 漁獲枠いっぱいに達してしまったら、そこで終了。
 
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        | ── | 早い者勝ち、というわけですね。 
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        | 紀子 | ノルウェーでも、20年前までは オリンピック方式をとっていたそうですが‥‥。
 
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        | ── | いまは、ちがう? 
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        | 紀子 | 資源が枯渇しそうになったので、 いまは「個別割り当て」に変わっています。
 
 これは、たとえば
 「あなたの船には1万トン、
 あなたの船にも1万トン」みたいに
 船ごとに
 獲っていい魚の数量を割り当てする方式。
 
 こうなると、漁師のあたまはどうなるか?
 
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        | ── | どうなる‥‥んですか? 
 | 
      
        | 紀子 | 「大きいサイズに成長して、 脂が乗って、高い値段をつけられるときにだけ
 漁をしよう」とか、
 そういう思考になるんです。
 
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        |  | 
      
        | ── | つまり、戦略を立てられると。 
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        | 紀子 | 魚の状態がいいとか悪いとかも関係ないままに となりの漁船と競争するよりも
 自分たちのやり方しだいで、
 資源を管理しながら
 たくさんのお金を、稼ぐことができるんです。
 
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        | ── | そこは「個々の戦略」によってくるんですね。 
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        | 紀子 | そうですね。 
 経営側、資源管理側など、
 全体的にうまく回っているようで、
 ノルウェーの漁船って
 いまは国からの補助金がゼロなんだそうです。
 
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        | ── | つまり「誰より早く、たくさん」じゃなく 「高く売れる、いい魚を獲ろう」に
 漁師のあたまの中が、切り替わった‥‥と。
 
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        | 紀子 | そして、その「いい魚」にするための 最大のポイントは
 「どれだけ素早く魚を冷やすか」なんです。
 
 ノルウェーでは、
 マイナス1度ぐらいの、すごく冷たい水を
 船にドーンと構えておいて
 さあ行くぞって獲った魚をガッツリ入れて、
 キヤーっと冷やして、水揚げしてます。
 
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        | ── | なるほど、はい。 
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        | 紀子 | でも「早い者勝ち」になったら? 
 たとえば、魚がたくさん捕れちゃったら
 冷たい水を捨ててでも
 魚を持って帰ってこようとするはずです。
 
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        | ── | そうか‥‥そうなりますよね。 
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        | 紀子 | 日本の漁業の将来については、 そういう構造的な部分も考えないとって
 ノルウェーで痛感したんです。
 
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        |  | 
      
        | ── | 気仙沼にとっての大切なことをたくさん、 学ばれてきたんですね。
 
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        | 紀子 | ええ、ほんとに。 
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        | 和枝 | 私たちの三陸沖は「世界三大漁場」です。 とても素晴らしい海です。
 
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        | ── | はい。 
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        | 和枝 | 紀子さんの話を聞いていて、思いました。 
 この豊かな資源を活かし切るということが、
 ここに住む私たちの、
 すごく大切な役割でもあるんだろうなって。
 | 
      
        |  | 
      
        | <つづきます> |