糸井重里
・今日「おとなになっても楽しく生きるには
どうすればいいですか。」という連載が最終回になる。
赤城山のふもとにある小学校の6年生たちに、質問されて、
うまく答える自信などはなかったけれど、引き受けた。
なんでかなぁ、そういう場に飛び込んでみたかったのだ。
「大人たちが、たのしくなさそうに見える」というのが、
どうやらもともとの動機だったようだ。
そうだなぁ、そういえば、ぼくも子どものころには、
「大人になって働くのは、つらそうでいやだなぁ」と
考えていたんだよな、と思い出した。
でも、実際に社会に出てからは、
めんどくさいとか疲れたとかグチを言ってるくせに、
あんがいたのしくやってるような気がする。
いまの小学生にも、「あんがいたのしいかも」と、
ちょっとでも思ってもらえたらいいかなと考えた。
当日、その場で話を聴いていたら、たしかに、
子どもたち、いろんなことが心配であるらしかった。
それは気の毒だ、とじぶんのことのように思った。
鉄棒の逆上がりの練習で、ひょいとおしりを押してやる。
それで、うまく上がれたら「いい気分」になれるだろう。
いったん、「あ、できるんだ」と感じることが大事だ。
そういう大人の役は、だれでもほんとうはできるはずだ。
思えば、昔のぼくも、いまのぼくも、
必要以上になにかと心配をしている。
いまでも眠っているときよく見る悪夢は、
「荷物の整理ができずに飛行機に乗り遅れる」と、
「浪花節の舞台で立ち往生している」というものだ。
同じような失敗の夢を何度でも見ている。
たぶん、そういう心配があるし、それが不得意なのだ。
だけどね、じぶんのできないことは、
だれか得意な人が手伝ってくれるものなんだ、社会って。
なんでもじぶんひとりでやるわけじゃないから、できる。
「学校のテスト」って、絶対にじぶんひとりでやるけど、
実際の社会って教えてもらったり助け合っていいんだ。
不安も、心配も、足りないところもたくさん知る。
でも、それはいつも手に乗せて眺めているものじゃない。
小学6年生にも、じぶんにも同じことを言ってやりたい。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
荷物の整理も、浪花節の舞台も、できる人が今日もやってる。
ほぼ日の更新時間は、土日祝も
毎日11時になりました。
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