糸井重里
・先日、「ほぼ日」でずっと不定期にやっている
「老いと死」の企画のひとつとして、
『人生の終わり方を考えよう』という本を出したばかりの
ナースあさみさんと、幡野広志さんと話しました。
内容については、いずれ「ほぼ日」で掲載されたときに
読んでいただくことにしますが、
現役の看護師のあさみさんが、さらっと言ったことが、
なんだかとても印象に残っています。
「人が亡くなるときって、映画やドラマみたいに、
ベッドに横たわって家族に見守られて、
静かに終わるというわけでもないんですよね」。
そういう場面に、数え切れないほど立ち会ってきた
看護師さんが言うことばですから、現実感があります。
この話は、そのあとも続きましたが、
そうなんですよねー、よくある場面っていうのは、
見たことあるような場面として記憶されちゃうんですよね。
だいたい、こういうものだろう、とぼくらが想像するのは、
わりと、映画やテレビの演出として見知ったものなんです。
ぼくの子どもの時代、アメリカ製ホームドラマが流行して、
それをたのしく見ていると、酒に酔ったおやじが、
「こんな家なんか、ありゃしないんだ、うそっぱちだ」
と、テレビの画面にからんでくるのが、ほんとに嫌でした。
それにそっくりのことを、大人になってから、
吉本隆明さんの口から何度も聞きました。
「なんにも問題のない家庭なんて、
どこにもありゃぁしないんですよ」と断言していました。
もう、大人になったから、それはわかるわけです。
ひとりの人間には、みんな過去と現在と未来があって、
縦、横、斜め、近く遠くがあります。
人間どうしがつながる関係も、これまた、いろいろです。
まるくて、つるんと幸福ですなんてものは、絵に書いた餅。
「絵に書いた家族」を、ついイメージしてしまうのですが、
たしかに、そんなものが現実にあるわけはない。
キズ、ヒビ、ワレ、ボロ、ツギハギ、そういうものだらけ。
それはそれとして、やっていくのが自然のことです。
ドラマはドラマとして、もちろんたのしむんですけどね。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
痛いのかゆいの言いながら健康な日々、というのもあります。
ほぼ日の更新時間は、土日祝も
毎日11時になりました。
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