糸井重里
・しばらく京都の家で過ごしていたころ、
たくさんの人が、「京都は暑いでしょう?」と、
なかば同情するように言ってくれた。
「蒸し暑いのよね!」とか「盆地だから、ほら」とか、
説明つきで同情してくれた。
しかし、そりゃ京都も夏は暑いけれど、
それなりに気持ちよさもあって、夏の京都はたのしかった。
外を歩くのが好きな犬もいたせいで、たくさん散歩もした。
たしかに、かつては京都は暑かった、それはそうだろう。
しかし、その時期には、東京だって暑かった。
盆地かどうかは知らないが、十分に蒸し暑かった。
そう言えば、ぼくの育った前橋も盆地で暑かったけど、
特別につらいわけでもなかった。
「京都は暑いでしょう?」という同情のようなものは、
いま思うと、ちょっとヤキモチだったようにも思う。
いろいろと京都はいいんだけど、暑いのよね、と。
あの人、美人なんだけど脚が短いのよね、みたいな。
とか、そんなこと言いがら、しみじみ思っている。
京都が暑いだのハチの頭だの言ってた時代がなつかしいよ。
そのころの京都なんかかわいいものだ、いま日本中暑いよ。
多少、暑くないところがあるのは知ってるけど、
先日なんて「軽井沢が暑すぎるので」という文字を見た。
避暑地だったはずだろう、軽井沢。
軽井沢より涼しい場所を、探している時代になったのか。
尾瀬、ぼくが行ってたときは涼しかったな。
あれくらい奥地に攻め込んで行けば、涼しいのだろうね。
いや、我田引水気味だけど、赤城も暑くないと聞いたよ。
とにもかくにも、東京もパリも京都のこと言えないぞ。
同等以上に暑いじゃないか、そういう時代になっていたよ。
このまま、この暑さが来年も再来年も続くのかね。
だとしたら、「気温環境」について抜本的に考えなきゃね。
都市の機能も、超長時間の冷房が前提になるだろうし、
屋外でやれることが格段に減っていくだろうし。
いや、そんなわかりやすいことばかりではなさそうだぞ。
農作物や漁業や畜産にも大きな影響が、すでにあるしね。
こんなこと考えるようになるとは、想像してなかったよ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
なんてことを夏の京都で書いてます、お墓参りに来てます。
-
- 場所
- Googleマップで地図を見る
- 開催日
-
- 場所
- Googleマップで地図を見る
- 開催日
-
- 場所
- Googleマップで地図を見る
- 開催日