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ほぼ日手帳

糸井重里

・いわゆるグルメ番組では、前提として
 「おいしい」という感想はタブーなんだよね。
 それを言わずに、料理やお菓子のことを伝えるという原則。
 だから、それらしい「言語化」が開発され使われていく。
 「やわらかい」「あまい」「からさのなかにうまみがある」
 「ちょうどいい加減」などの「ホメ記号」が発達した。
 だが、そういった記号が便利に使われていくうちに、
 もう「どうでもいい」ものとして受け止められてくる。
 視聴者としては、もう、タレント本人の心からの気持ちを、
 正直に「うまい」と叫んでほしいとさえ思いはじめている。
 個人の「人格×感動」のかけ算でおいしさを伝えてほしい。
 だが、これを自前の表現でできるタレントはそうはいない。
 だから、一般化した「ホメ記号」で間に合わせているのだ。

 しかし、先日のマツコ・デラックスには感心してしまった。
 番組のなかで「マフィン」を食べることになったときだ。
 彼女は、もともと、じぶんはどういうものが好きか、
 いまどういうものを欲しているかについて、
 食べる前におおよそ表明していることが多い。
 「これには目がないのよ」とか「早く、食わせて!」とか、
 状況をセッティングしておいて、おもむろに口に入れ、
 表情や所作の流れで結論をほのめかせておいて、
 「なーにこれ?!」などと褒めるのである。
 しかし、そのマフィンのときはほとんど助走もなく口に入れ
 ずっと難しい顔のまま、口をもぐもぐさせていた。
 もともと、マフィンのような焼き菓子については、
 マツコさんが強く望んだこともなかったような気もする。
 しかもそれは、口中の水分を失わせるタイプの食べものだ。
 ずうっと厳しい表情のままでもぐもぐ、もぐもぐ、
 飲み込んでもまだ口を開かない、緊張の時間だ。
 あらためて息を吸う間があって、小さめの声でゆっくりと
 「ものすごく、おいしい」と内緒話のように言った。
 ほっとしたが、正直にいって視聴者としてのぼくは、
 この感想をどう受け止めていいのかはわからなかった。
 しかし、ここで起こっていた短いドラマはおもしろかった! 
 この人の「芸(表現)」は、経験の浅いタレントにも、
 いかにも食通という役割のベテランにも、真似はできない。
 演出家であり役者であり批評家である人の存在は、無敵だ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
そういえば、「マツコ・デラックス論」って、出てないね?

昨日のコラムを読み逃した方はこちら。

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