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ほぼ日手帳

糸井重里

・漫才という表現のかたちが、
 いまの時代にとても有利なのは、
 隣にいるなかまが「ツッコミ」をしてくれるからだ。
 だから、ボケ担当のメンバーは、
 非常識なことも、バカなことも、無責任なことも、
 なんなら危険なことさえも言えてしまう。
 同じチームのなかまが「それはないよ!」と
 世間の常識に合わせた否定をしてくれるからだ。
 コンビの片方がまちがったことを言っても、
 チーム総体としては、社会のルールに則ってますよと
 言えるような構造になっているのだ。
 これは、あらゆる角度から反対意見や批判が飛んでくる
 いまの時代には、もっとも生きやすい表現ではあろう。

 同じ内容の話を、ひとりの演者がマイクの前で言ったら、
 それはそのまま「彼の意見」として受け止められ、
 ときには「彼の誤り」として責められることになる。
 よくよく考えてみたら、「お笑いのトーク」というのは、
 意見表明ではなく、笑わせる「芸」だったはずだ。
 しかし、それが話者の「肉声」と重なってくるせいで、
 「あの芸人(個人)はそんなことを考えているのか」と、
 イコールで思われやすいのである。
 だからと言って、常識の範囲のなかのことばかりを
 言っていたら、笑いなど生み出せるわけはない。
 そういう意味で、漫才の形式で、
 「あらかじめ自己批評を含んだ芸」が、
 いまのような時代には都合がいいのだ。

 しかし、ものを書くというのは「コンビ芸」ではない。
 なにかを言ったら、それは個人の考えであり、
 ツッコミを入れながらものを言うわけにもいかない。
 いや、そういうこともできないこともないが、
 いちいちあらゆる反対意見に対して言い訳をしながら
 ものを書くというのでは、不自由が強すぎてつまらない。
 だから、なのだろうと思う、フィクションがおもしろい。
 小説のなかの人物にだったら、逸脱は自由である。
 悪でも偽善でも狂気でも語らせることができる。
 この可能性は、あらためて広げてもいいのではないか。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
そういえば、ぼくらは小説で「人間のこと」を知ったよね。 

昨日のコラムを読み逃した方はこちら。

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