糸井重里
・いまごろになって言うかよ、ということのひとつだけど、
ビートルズが登場したときの「なんだこれは!」
という感覚は、忘れようったって忘れられない。
特に、『抱きしめたい』という曲は強烈だった。
萩原健太さんが書いた『幸せな結末』という本のなかで、
大瀧詠一さんが、こう言っている。
「FENで『抱きしめたい』と聞いたとき、もう、
電流のようなものがビューっと走ってさ。これだ!と」。
大瀧さんの個人的な「大音楽史」のなかでも、
この曲はとても特別なインパクトだったとわかる。
で、それはそうとだけど、曲名なんだよ。
『抱きしめたい』って当たり前のように言ってるけど、
ぼくだって、むろん大瀧さんだって、原題を知っている。
『I Want To Hold Your Hand』だよ。
「抱きしめたい」ということで納得していたけれど、
ビートルズの歌詞は、そうは言ってないんだよね。
あんなふうな曲と演奏なんだけれど、
歌ってる内容はもっと純情な高校生みたいなことだ。
「きみの手を握りたい」と言っている。
「ちょっと話したいことがあるんだ」と言っている。
「この気持ちが、隠せないよ」と言っている。
なんとも奥ゆかしいではないか。
ジャジャジャーン!というギターのイントロである。
ベートーベン『運命』のジャジャジャジャーン並みの、
世界の歴史に残るジャジャジャーンで蓋を開けて、いざ、
「きみの手が握りたい」では、ちょっと弱いんじゃないか。
あのシングル盤のジャケットに、あのとき、もし、
「君の手を握りたい」というタイトルが印刷されていたら、
「青春ポップス」みたいな見え方になったと思うよ。
そこのところを、東芝レコードのだれかさんが、
「手を握りたいとか言ってるけど、心の奥では
抱きしめたいっ!と叫んでいるんだよ」と、
日本の皆さんにプレゼンテーションしたというわけだ。
英国紳士的な慎み深さの表現を、
恥じらいの日本のほうが突き破っちゃったんだ。
よかったと思うなぁ、「抱きしめたい」にして。
だってねぇ、みんなも「抱きしめたい」んだもの。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あの曲の前に「抱きしめたい」という表現はあったかな?
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