糸井重里
・テーブルの、目の前にとんかつが届いたとき、
まず、まだ熱いんだよなぁと思うところからはじまる。
包丁を入れてあるとんかつの左から三切れを、
全体からちょっと離してやる。
レモンを軽く搾っておまじない程度に振りかけ、
かけすぎないように気をつけてしょうゆを落とす。
揚げたての、いちばん熱いやつはこれで食べる。
あ、ちょっとからしもつけるのだった。
カリッとした衣がそっと薄氷のように前歯で噛まれる。
そして、肉、つまり豚が一気に
おいしさに変換されて口の中に拡がる。
香り、味、ほどのいいやわらかさが、
舌の上、ほっぺたの内側のあらゆるところに触れ、
とんかつの物語が伝えられていく。
奥歯で噛む、また味わう、顎と舌が欲望のままに動く。
もっと噛む、飲み込む、強く噛む。
噛みしめるとおいしい脂が滲み出てくるのがわかる。
あえて断面をよく見ないで食べたけれど、
とんかつの左側の二切れあたりまでは、
脂身の多い部分なのであり、そしてその脂身こそが
「特ロース」の自慢そのものでもある。
じゅわぁっと感じる脂のうまみを舌で感じながら、
そこでごはんをひと口食べる。
とんかつの脂と白いめしの合奏が口の中から聞こえてくる。
とんかつソースで食べるのは、この後からである。
これも、かけすぎないように注意を払って、
むろん一切れずつソースをかけては、からしをつけ、
衣の歯ざわりをたのしむようにする。
このへんから、余裕も出てきて、噛む速度も遅くなる。
やや上に視線を移し「うまいなぁ今日もうまい」と思う。
カウンターで食べているときには、
揚げ手の女将さんと目があったらちょっと頷いたりする。
キャベツ、味噌汁、たくわんと浅漬のお新香、ごはん、
とんかつをおいしく食べさせてくれる脇役にも感謝をする。
皿の上になにもなくなったら、お勘定である。
親しい店でもあるので、素直に感情をこめて
「ほんとにおいしかったです」と二度言ってお辞儀した。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
金曜のうちから、土曜のとんかつのことは決めていたのだ。
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