
第14回
監督をやめてからが、新婚でした
監督をやめてからが、新婚でした
糸井 |
選手たちとは、いま、会うことはあるのですか。 |
藤田 |
もう、ないですね。 ぼくは行かないですもの、第一。 もう、できるだけ顔も出さない、 口も出さないで、やっていますけれど。 |
糸井 |
ほかのOBと比べるわけじゃないですけど、 藤田さん、監督をおやめになってから、 見事に、練習に行かないですよねぇ‥‥。 |
藤田 |
もう隠居ですから。 うしろからひとこと言ったとしても、 現場としては気になると思うんです。 自分の思っていることと違うことをいわれて、 その方法を取らなければ OBに無視しているかと思われるかもしれない、 と気にしたりするでしょう? しかし実際のところ、 キャンプのときなんかでも、 OBが来てえらそうに教えるのは、 実は、現場としては、迷惑なんです。 |
糸井 |
それはご自分が監督なさった時に 感じられた? |
藤田 |
ええ。 |
糸井 |
でも、藤田さんの時代には、 OBが訪問することはなかったでしょう。 |
藤田 |
たしかに、 そんなには、なかったですけど。 |
糸井 |
来にくかった?(笑) |
藤田 |
だと思いますよ。 粗末にしたわけじゃないんですけど、 言いづらかったんでしょうね。 |
糸井 |
それって、ある種、 さっき言いましたけど、藤田さんのまわりにある 「ボス猿」の雰囲気があるからでしょうかねぇ。 「あいつには逆らわないほうがいい!」みたいな。 |
藤田 |
やっぱり、ここでも、 「瞬間湯沸かし器」という前評判が、 鳴り響いていたんじゃないですか。 |
糸井 |
いまは、ぷっつりと、練習場には行っていない。 |
藤田 |
まぁ、そうじゃなくても、 原との関係が何だかんだと言われますから。 そんなもの、ないんですけどね。 ドラフトで、クジを引いただけの関係ですけど。 |
糸井 |
原さんからは、犬をもらったりしてましたね。 |
藤田 |
犬は、原が、優勝祝いに ロッカーに持ってきてくれたんですよ。 ぼくは犬を好きなものだから、 抱えて家に帰ったら、女房が 「どうするの」ってびっくりしてました。 でも、今度は女房のほうがハマっちゃってね。 あれで、ずいぶん、楽しませてもらいました‥‥。 |
糸井 |
今はおもに、おうちでゆっくりなさって‥‥。 |
藤田 |
病院に通いまして、あとは家にいます。 ぼつぼつ、体調が戻ってきたから、 「カートでゴルフ場をちょっとまわってみるかな」 という気が起きてきましたから‥‥。 でもね、 人間が進む分かれ道があるとして、 ひとつが、元気でいて どんどん何かをしていける道だとすると、 ぼくはもうひとつのほうの、 一歩一歩ダメなほうに行く道を 走っているような気がしていますね。 |
糸井 |
すごく冷静におっしゃいますが、 「それはそれで、かまわない」 みたいなところが、あるんですか? |
藤田 |
それはもう、ぼくは実際に 去年から今年のはじめにかけて、 2回ほど死んでいましたからね‥‥。 1回は心臓が止まって、 「もうダメです」と言われましたし、 もう1回は、医者から、 「どうやって生かそうかと思って苦労しました」 と言われましたから。 いつ死んでもおかしくない状態が ずうっと続いていた。 でも、自分はいま、トコトコ 病院に通ったりなんかしているんですけど、 体の中身としては、そんなだったらしいです。 その状態からの生命力があまりにも強いので 医者がびっくりしていたけれど。 |
糸井 |
2回も、ですか‥‥。 もともとニトロを持って 監督をやっていらっしゃいましたね。 |
藤田 |
今も入ってますけどね。 この前、手術してくれた先生のところに 半年ぶりに会いにいったら、 「藤田さん、足がありますね!」と言われました。 もう、いなくなって当たり前だったのに、 足がついているということなんですけど。 あぶないところを、たくさん歩いてきましたから。 でもね、麻酔をかけて手術をするでしょう? あれは、何にもわからないんです。 「死んだ世界ってこんなものかな」 と、はじめて思いました。 覚えも何もないんですから、目が覚めるまで。 魂が残るだとか何だとか、 本人はまったく何も覚えていないんですから。 |
糸井 |
そんな経験すると、 また、コワいものがなくなっちゃいますね。 |
藤田 |
でも、一時は自分でも イヤだなぁと思っていましたよ。 「もういいや、今日でおしまいでいいや」 毎日そういうことを考えていました。 死ぬということが、ほんとに間近に来ていて、 「もういいや、きょうで終わりだ」 今日の約束はできても、明日の約束はできない。 |
糸井 |
それは、去年ぐらいですか。 |
藤田 |
去年から、ことしのはじめのあたりまで。 |
糸井 |
知らなかった‥‥。 |
藤田 |
それでいつのまにか元気になってくると、 今度は、執着心が出てくるんですよ。 「死なないように頑張ろう」ってね。 これだけ、人がみんな 心配してくれているんだから、 家族も医者も看護婦さんも、これだけ心配して 自分の面倒を見てくれるんだから‥‥ いいかげんなことしちゃいかんな、と。 |
糸井 |
また何かをしようと。 |
藤田 |
そうなってくるんですよ。 もちろん、監督はもう無理ですし、 体を使うことは、できないですけど。 人間って簡単に変わりますね。 それまで、「死んでもいいや」と、 死ぬことばっかり考えていました。 人は、自殺をよくするでしょう? バカな話ですよ、と思っていました。 「自殺までしなくたって、 頑張っていれば何とかなるのに」 とある時期までは思っていたのですが、 その心境がわかるときが、あったんです。 「あぁ、こういう時に 死にたくなっちゃうんだなぁ」と。 夢も希望もないようになってくるんですね。 あの気持ちが、ちょっとこっちへ来ると、 逝っちゃうんでしょうね。 |
糸井 |
紙一重なんですね。 |
藤田 |
そう思いました。 「あぁ、これか」と思いました。 |
糸井 |
いまは、じゃあ、欲が出ているんですね。 |
藤田 |
がんばって、もっとおもしろいことを 見つけてやろうと思ったりね。 |
糸井 |
でも、奥さんにとっては、 監督をおやめになってから、 藤田さんと長くいる時間というのは、 やっと新婚が来た、みたいなものですね。 |
藤田 |
そうですね。 病気してからはあれですけど、 病気する前は、どこに行くのでも一緒で、 女房とは、ゴルフに行ったりしていました。 |
糸井 |
前に、ぼくが新幹線の2階席に座っていたら、 ホームにいる藤田さんがぼくに気づいて‥‥。 |
藤田 |
あれはね、京田辺へ、 あそこに治療するところがあるんですよ。 小さなお寺さんなんですけどね。 はじめ、「誰だろうなぁ」と思っていたけど、 あ、糸井さんだ、と思ったから。 |
糸井 |
あの時は驚きました。 「何て勘のいい人なんだろう」と思った。 ふつうは、新幹線に乗っている人なんか、 まず、見ていないですよね。 それがホームで、売店のところにいる藤田さんが、 こっちを向いて、お辞儀を先にしてくださった。 「ああ、藤田さんは、こういう人なんだよ。 こういう人なんだよ、あの人は‥‥」 新幹線がガーッと出発したあと、そう思って。 よろしかったら、 また茶飲み話でも、相手になってください。 |
藤田 |
どうぞ、いつでも。 |
2015-05-02-SAT
タイトル
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
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