
第13回
期待が人間を育てる
期待が人間を育てる
糸井 |
「精一杯、これ以上できないよ、 というところまでやっている人がいい」 というお話は、とてもよくわかります。 藤田さんも、そう言えるだけのことを、 これまで充分、やってこられたでしょう。 |
藤田 |
ぼくは、いいかげんなんです。 選手時代は、途中でいつも、 「あ、これくらいでいいや」と思うほうでした。 だから、それが悔しくて、監督になったあとは、 「もう一度現役に戻って、精一杯やってみたい」 という気持ちになって、やっていました。 |
糸井 |
へぇ‥‥いつごろから そんなことを思ってらっしゃったんですか。 |
藤田 |
もう、ずいぶん前からです。 自分は選手としては、典型的な「サボり」でした。 ランニングひとつ取っても、そうですし。 投げる練習だけは、けっこうやりましたけど、 その他の、いまの選手のような、 裏へまわったトレーニングなんていうのは、 まず、しなかったですから。 |
糸井 |
「それで通用しちゃう時代だった」 ということですか。 |
藤田 |
ええ。時代もそういう時代でした。 |
糸井 |
昔の野球のビデオとかやると、フォームから、 プレーから、みんな意外に穴だらけですよね。 |
藤田 |
そうですよ。昔はいいかげんですよ。 ぼくが入団した時、 明石でキャンプをやったんですけど、 だいたい、ピッチャーの練習は2時間かからない。 グラウンドへ行ってから帰ってくるのに2時間。 出ていって、全体と一緒にランニングをやって、 軽くピッチングをやって、 軽く走って‥‥それで帰ってくるんですから。 あとが、ヒマだったんです。 麻雀でもするしかない。 |
糸井 |
同時にそれは、そのころは、練習にしても、 「何をやっていいかわからなかった」 という時代だったわけで。 |
藤田 |
ええ。 練習全体が、そういう風でした。 チーム全体が、 どこのチームもそうですけど、 全体に「体ならし」でしたからね。 キャンプだから特別どうこうするでもないし、 時間で区切って全員がガンガンやるという キャンプでも、なかったんです。 |
糸井 |
じゃあ、今の普通の選手は、 昔にタイムマシンで戻ったら、 大活躍しているかもしれないですね。 |
藤田 |
そりゃあもう、レベルがぜんぜん違います。 だから「昔はどうのこうの」だとか、 「我々の時代は‥‥」なんて言うのは、 アレはぜんぶ、大ウソですよ。 だって、ピッチャーが投げる球にしても、 真っすぐとシュートとカーブがあれば 1試合できたんですから。 |
糸井 |
そう言えば、藤田さんは、 「昔はよかった」って言わないですね。 |
藤田 |
ええ。昔は悪かった!(笑) いいかげんだった。 あれでよくメシを食っていたと思う。 「プロでございます」と言ってね‥‥。 大酒飲みの選手がバッターボックスへ入って、 キャッチャーに「フーッ」とやると、酒臭い。 そういうのが「英雄」扱いだったんですから。 「二日酔いなのにホームランを打った」だとか。 そんなものは、えらくもなんともないですよ。 |
糸井 |
その時、選手というのは、人間的には? |
藤田 |
我が強くて、わがままで、 自分だけよければいいというような集団でしたよ。 だからチーム内での争いが絶えないんですね。 ケンカをしたり‥‥。 |
糸井 |
プライドだけが高い人ばかりの、 そのうちの1人だったわけですね。 |
藤田 |
ええ。ぼくもそのうちの1人だった。 そういうものが変わってきたのは、 長嶋が入って何年目か、ぐらいからかな? まわりで「長嶋、長嶋」と言われ出されまして、 やっぱり、人の目によって育てられた。 おおぜいの人が選手を認めることによって、 自分でそういう気運を感じて、 「きちっとしなきゃいけないな」 ということで野球に入っていきましてね。 選手には、立ちあうコーチも大切ですけど、 試合を見ているお客さんの認め方、 そういうものも、とてもだいじだと思いますよ。 |
糸井 |
期待されることで、 その期待されたことに合わせていくんだ。 |
藤田 |
ええ、それが、人間だと思うんですよ。 |
糸井 |
そこでもやっぱりアイデアが要りますね。 |
藤田 |
要りますね。 言い方も「やれ」じゃなくて、 「これ、どうだい?」だとか‥‥。 おもしろみを見つけさえすれば、 もうけものですよ。 |
糸井 |
9回失敗しても、 10回目があるかもしれないし。 |
藤田 |
おもしろみを見つけたら、 今度はそれに熱中できますから、 そこまで来たら、もうしめたものです。 |
糸井 |
長いレンジで、 「そんなに簡単にうまくいくものじゃない」 というぐらいに、捨ててもいいから、 ということで、指導者は見てなきゃダメですね。 |
藤田 |
糸井さんの釣りも、最初から 好きになったわけじゃないだろうし、 「やってみたらおもしろかった」わけですよね。 で、だんだん、のめりこんでいくんでしょう。 同じようなことが他にもあると思うんですね。 やってみているうちに、 「やたらとおもしろいなぁ」 「自分に合っているな」 と思えるなら、それが何でもいいんです。 自転車をこいで走るのに おもしろみを感じる人もいるかもわからない。 だから、そういうものを、ひとりずつ、 指導の立場にいる人たちがまず見つけてね。 自分で見つけるのは、むずかしいですから。 きっと、暴走族の子なんか、あれ、 おもしろくてしようがないと思うんですね。 熱中していると思いますね。 ただ、人に迷惑をかけているからあれですけど、 あれがレース場へでも行って ボンボンやっていれば、 もっと違ったかたちになると思うんですよね。 レースだって、好きでやっているわけですから。 |
糸井 |
藤田さんの場合、困った時に、 アイデアがいつでも用意されていますね。 |
藤田 |
ぼくはどちらかというと、 そういうことを考えるのが好きなんです。 これがダメならあれ、だとか。 何を見ていても、それを ひねったらどうなるか、その結果を見たいんです。 店にものが一つ売っていても、 「これ、こうしたら、こうならないかな」だとか。 |
糸井 |
ぼくも同じなんですよ。 それと、さっき藤田さんがおっしゃったけど、 ぼくも、自分がいままで仕事をしていて、 「若い時は、真剣じゃなかったなぁ」 と思うことがあるんですよ。 「できちゃっていた」ということなんです。 いま思えば、藤田さんの時代の野球と同じで、 ぼくのやっていた仕事全体が、遅れていたんです。 だから、何とかなっていた。 「もう一度やり直したい」とは思いませんが、 たとえば、ぼくがあんなに 野球を見ていたことだって、おかしいですよ。 年間70試合、オープン戦から日本シリーズまで、 ずっと巨人の後をついてまわっていたんですから、 仕事している人間としてはマズイです。 あんなことができていて、しかも、 「糸井さん仕事してるね」「忙しそうだね」 と言われていたのは、どう考えてもおかしいです。 ‥‥というようなことに ぼくは、40歳半ばを過ぎて気がつきました。 藤田さんと頻繁にお会いした時期のあとに、 ぼくは1回もそれを伝える機会がなかったから、 ぜひ「そのことに、わかったんですよ」と 言って、藤田さんとまたお会いしたかったんです。 でも、遅いんですけどね。 前のことは、もう取りかえせないですから。 |
藤田 |
いや、遅くないんです。 気づいた時がスタートで、いいんですよ。 ムダじゃないですよ。 経験したことは、みんな生きますから。 |
糸井 |
たしかに、人の仕事を見ていると、 「まだ9割の力しか出してないな」 という状態は、自分がやってきたことだけに、 とてもよくわかってしまうんですけど。 |
藤田 |
あれ、ほんと、よく見えるんですよね。 自分のあとを同じように歩いてくる人が とても、よく見える‥‥。 |
糸井 |
だからこそ、「精一杯やる人」というのは、 やっぱり、かわいいですよね。 |
藤田 |
そうなんです。 |
糸井 |
いま、仕事をすることがおもしろいんですよ。 |
藤田 |
糸井さんは、根がまじめなんでしょうね。 仕事人なんですよ。 |
2015-05-02-SAT
タイトル
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
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