「みんなどうしてる?」
キヒニオに到着すると、
私はきまってエルッキさんとアンニッキさんに、
まずは私も知る人たちのこと、
動物たちの様子を聞いていました。
ところがその日は彼らのほうから口を開いてきたのです。
「レオが死んだ」
それは突然だったそうです。
アンニッキさんが言うのです。
うちの窓が割れたあのとき、レオは旅立ったんだと思うと。
レオさんが息をひきとったのは
雷と雨がひどい嵐の晩でした。
築150年以上の古い木造のお屋敷を修復しながら住んでいる
エルッキさんとアンニッキさんの家には、
古い窓ガラスが使われていました。
厚みのあるしっかりしたガラスですが、
そのガラスががたがたと音をたてるほどの風が吹き、
窓に雨を叩きつけてきました。
そこに容赦なく響く雷。
そして大きな雷の音とともに、
窓のガラスが割れたのです。
別に石が飛んできたわけでもなく、突然。
実はエルッキさんとアンニッキさんは
何よりも雷が怖いのだそうで、
そんな二人にとってはとんだ災難な夜だったのですが、
翌日レオさんの訃報を聞いたときに、
その雷の音も割れて床に散った窓ガラスの破片も、
すべてレオさんがお別れに来てくれたんだ、
そう思ったら腑に落ちたのだそうです。
確信めいた表情でそう語っている二人を見ながら、
確かにそれはレオさんの
律儀さのように思えてくるのでした。
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来るもの拒まず、
ただし自分から行くことはあまりなさそうなレオさん。
エルッキさんに連れられて
初めてレオさんのお宅に行ったときも、
日本人の私に家の敷地にある
いろんなものを見せて解説してくれたり、
畑や森の恵みをつかった料理を振舞ってくれました。
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流し台はあるけれど水道を使わず、
バケツにくんでおいた水を使い、
調理はすべて薪をくべて煮炊きする。
電気があることを忘れるような暮らしです。
パンを焼くのは週に1回まとめて、母のレシピで。
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納屋には朝食にいただくオートミールに混ぜる
リンゴンベリー(こけもも)が
大きなポリバケツに入っています。
リンゴンベリーは潰して砂糖をまぜておけば
日持ちすることを教えてくれたのもレオさんでした。
見よう見真似で覚えたアコーディオンを演奏してくれたり、
畑や森を歩きながら、
昔ながらの知恵を教えてくれたこともよく覚えています。
いっぽう森を育てるきこりの仕事では、
見たことのないような最新機材を使っていて、
それを嬉しそうに見せてくれました。
トラクターはじめ数々の機械があり、
私はいつだって「ぽかーん」としていたと思うのですが、
それでも根気よく機械の説明をしてくれました。
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森の木々を伐採したら、
きちんと苗木を植えなくちゃなりません。
レオさんは、私に苗木を持たせてくれて、
今フィンランドでどうやって苗木を植えるか
体験させてくれました。
私なんかにやらせると
時間がかかって仕方ないと思うのですが、
私のそばで丁寧に、
そのつど苗木の植え方をチェックしてくれました。
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寂しいよ、寂しいとしかいいようがない。
そうエルッキさんが言っていました。
そう、レオさんが教えてくれたのは
知恵とか知識とか歴史とかテクニックとか、
そういうことだけじゃない。
っていうか、そういうことではなかったんですよね。
改めてそう思います。
レオさん、やっぱり寂しいです。
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(つづきます)
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