ほぼ日編集部の平野慎也です。
9人の乗組員が日替わりで書いている
「ほぼ日3分コラム」を続けていたところ、
ぼくに、思いがけない幸運が訪れました。
高校時代の恩師、関先生から教わった
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
という言葉について書いた文章が、
なんと先生ご本人に届いていたのです。
20年来の「ほぼ日」読者でありながら、
教え子がここで働いているとも知らずに。
もう会えないと思っていた関先生のもとへ、
22年ぶりに会いに行ってきました。
- 平野
- 今日はこの話を聞きたかったのですが、
仕事を辞めたきっかけは、
いわゆる「普通のお母さんに戻ります」
ということでしたよね。
- 関
- いくつか理由はあるけれど、
結局はそうなんだと思う。
座りましょうか。
- 平野
- はい。
- 関
- やっぱり、と思うわけですよ。
学校での仕事とはまた別にね、
家に帰ってからも電話したり、電話したり‥‥。
子どもたちが夫とご飯を食べているのを見て、
「私は誰を育てたほうがいいかな?」と思ったの。
小学2年生と年長さんの年だったんですよね。
そこを乗り越えられていたら、
もっと長く働いていたかもしれません。
定年まで勤め上げる先生は、
そこを乗り越えられた人なんだと思うの。
- 平野
- かなりのご負担だったんですね。
- 関
- 特に平野くんのいた年はすごかったんです。
朝課外があって8時に授業をはじめるってことは、
まあまあな支度がいるんですよ。
学校としてもエネルギーが注入されていたし、
私も頑張りたいって思ってた。
先生方の雰囲気も本当によくて、生徒さんもよかった。
みんなも「やりたい」「がんばれる」
「ここに来たら夢がかなうんだ」っていう感じ。
やっただけ戻ってくるような感覚だったんだけど‥‥、
なのに、うちに帰ると疲れちゃってた。
それが30代半ばの働き盛りだったんです。
どうですか。奥様は悩んでないですか?
- 平野
- うーん‥‥。
負担は掛けていると思いますけど、
ふたりで働いていないと
成り立たないというところがあって。
- 関
- 私には、その覚悟がなかったな。
- 平野
- うちの場合、妻の仕事が
コロナ以降にリモートになったんです。
そこはかなり大きかったですね。
- 関
- そうなんだ、それはコロナが残した
いいことのひとつですね。
- 平野
- 夫婦ともに出社メインだったら、
働き方を考え直さなきゃいけなかったので。
でも、教師の場合はリモートがないですもんね。
- 関
- そうね。そうやって考えはじめて、
結局仕事を辞めることにしたんです。
- 平野
- じゃあ、そこからはずっと、
専業主婦として暮らしていたんですか?
- 関
- いや、そんなことはなくて、
浜名高校で夏休みにだけ
課外授業をやらせてもらったりもしました。
いまは個別指導の塾で講師をやってます。
これがね、すっごいたのしいんです。
つまり、教えることだけをやればいいから。
- 平野
- それはよかった。
いまも教わっている生徒さんがいるんだ。
- 関
- 先生方って「忙しい」って言うじゃないですか。
それって、教科以外のことも
やらなきゃいけないからなんです。
で、私はちょっと事務仕事が下手だったんです。
- 平野
- あ、そうだったんですか。
- 関
- 平野くんが紹介してくれていた
中前結花さんの本が大好きなんです。
彼女の本は2冊とも持ってるし、
「日々のお星さま」の連載も大好きでした。
その中でも、「苦手」について
書いていたことがあるじゃないですか。
彼女にはエッセイの才能がある分、
苦手なことがあったでしょ。
たとえば、これはどうしても下手くそで
苦手にしているようなことってない?
- 平野
- なんだろう‥‥、リズム感がないです。
- 関
- うん、そういうのだと思います。
当たり前のことなのに足りないぞっていうもの。
私にとっては、事務仕事がダメでした。
大学を出て教師をやってるくらいだったら、
これくらいの事務はできるよね、みたいなことがダメ。
迷惑をかけるほどじゃないけど、
本当に嫌になるんですね。
でも、教えることはちょっと得意。
そうなると、どうです?
塾の講師はいいですよ。
- 平野
- ああ、たしかに。
教えることに専念できますね。
- 関
- 本当に、いまの仕事はたのしいです。
学校の先生って何でもやらされちゃうけれど、
教えることはやっぱりたのしい。
そういうことで救われる人っているんじゃないかな。
- 平野
- ぼくが先生にお会いできたのは、
浜名高校を選んだからではあるんですけど、
本当はもっと偏差値の高い高校を目指していたんです。
でも、入試の直前になってから、
妥協して楽そうな道を選んだという気持ちがあって。
中学校の担任の先生からも、
上位にいれば指定校推薦で
大学に行けるよって言われたんです。
その甘い誘惑に負けてしまいました。
- 関
- あははは、中学生って
そういう考え方しますよね。
わかるわかる。
- 平野
- 自転車で通えるし、校舎はきれいだし、
ついでに兄までいるし。
あまりに都合のいい逃げ道があったんで、
入学当初はちょっと腐っていたんです。
- 関
- そうね、最初の顔は腐ってたね(笑)。
でも、学級委員をやってもらったよね?
- 平野
- 腐ってるのに先生に指名されたから
意味がわかんなかったです。
- 関
- まさか、不貞腐れてると思わなくて
頼んじゃったみたい。
でも、私すごくないですか。
資料だけで平野くんを引き当てたんだから。
- 平野
- その腐っていた平野少年の前に、
「こんなに熱心な先生がいる」
という関先生が現れてくれたんです。
- 関
- ありがとうございます。
- 平野
- エネルギーの注ぎ方が尋常じゃなかった。
そんな先生、他にいなかったんで。
- 関
- そんなことないと思うけどね。
平野くんの入学した年って、
静岡県の入試の仕組みが変わった年だったでしょ。
前後期試験に分かれていたから、
みんなだいたい、前期の試験で
落ちてから入学してるんです。
- 平野
- たしかに、前期試験で合格したのは、
全体の5%だけでしたね。
ぼくも別の高校を受けて落ちました。
- 関
- だからみんな、ちょっと傷ついてたの。
その分、こちらとしてはやる気があるわけ。
みんなを国公立大学に連れて行くぞって。
- 平野
- それで生まれたのが「学力増進クラス」っていう
すごく生々しい名前のクラスなんですね。
私立の特進クラスみたいな成績順じゃなくて、
◯をつけるだけで入れる仕組みでした。
- 関
- 朝課外もあって、7時間目の課外もあって。
- 平野
- 学校に対するモチベーションが低かったから、
朝の読書の時間にも、読みたい本がなかったんです。
そこで先生が、吉本ばななさんの
『キッチン』を貸してくださいました。
今回、関先生からメールをいただいたときに、
ばななさんの本を勧めてくれたぐらいだし、
ほぼ日を読んでいてもおかしくないなと思って。
- 関
- その頃はまだ忙しくて、
ほぼ日を読めていなかったんだけど、
親和性が強いっていうのかな。
いまね、私が知っているいい情報の
8割方はほぼ日の情報だから、
家族に教えても、すぐにバレちゃう。
「どうせそれもほぼ日でしょ?」って。
- 平野
- 情報源がいつも同じだから。
- 関
- 前に、一回だけイベントにも参加したことがあって。
渋谷のパルコで『北の国から』の
杉田監督と蛍原さんが対談したとき‥‥。
- 平野
- えっ! あの対談に行ったんですか。
- 関
- 娘が当ててくれて行ったの。
だから、パルコだーってうれしくて。
しかも、いままで写真だけで見ていた
ほぼ日の人たちもいるし。
「わあ、ハンチング帽の山下さんだ~!」とかね、
あのときの私は100%お上りさんだった。
その後は宿泊もして、たのしかったなあ。
- 平野
- まさかイベントにまでいらしていたとは。
- 関
- だからね、今日は本当にうれしい。
いいことってあるんだなぁと思って。
娘たちも「夢って叶うんだね」って言ってます。
- 平野
- ほぼ日を読んでくださっているなんて
思っていませんでしたし、
さらにお返事までいただいたので。
本当にありがとうございます。
(つづきます)
2026-03-30-MON
(C) HOBONICHI