書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。 書いたら届いた。書かなきゃ会えなかった。
ほぼ日編集部の平野慎也です。
9人の乗組員が日替わりで書いている
「ほぼ日3分コラム」を続けていたところ、
ぼくに、思いがけない幸運が訪れました。
高校時代の恩師、関先生から教わった
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
という言葉について書いた文章が、
なんと先生ご本人に届いていたのです。

20年来の「ほぼ日」読者でありながら、
教え子がここで働いているとも知らずに。
もう会えないと思っていた関先生のもとへ、
22年ぶりに会いに行ってきました。
(3)私のことが書かれていた。
それじゃあ、いいですか。
平野くんの書いた3分コラムを読んだ日の
出来事を話しても。
平野
ぜひ、お願いします。
あの日、ちょっと体調が悪くて寝てたんです。
それでね、11時を過ぎるじゃないですか。
いつものように、よっこらしょって
ほぼ日を開くでしょ?
そうしたら、そこに3分コラムがバーンって。
写真
平野
ほぼ日のトップページじゃなくて、
読みものページから読むんですね。
あれ? なんでだろう。
私のスマホは3分コラムから開きます。
ブックマークしているページが違うのかなぁ。
平野
珍しいタイプのブックマークかもしれませんね。
それはそれとして、話を戻しましょうか。
それで。
最初、タイトルの三角形の中に、
文字が小さくいっぱい書いてあった。
平野
たしかに、文字はちっちゃかったかも。
「書いたら部分点、書かなきゃ0点。」
と三角形の中に書いてましたね。
でも、文字がちっちゃいから
「三角だなあ」って思いました。
で、そのときにはまだ、
目の前にいる平野くんだとはわかってなくて、
会ったことのない「ほぼ日の平野さん」だなと。
それでね、2行目まで読んだら‥‥。



これね、もう本当に笑っちゃったんだけど‥‥、
いっしょに、涙も出てきちゃった。
ありません? そういうことって。
なんか笑っちゃうんだけど、
自分のことを書いてくれているのが衝撃すぎて。



でも、まだ確証が持てないから娘に送ったんです。
「これ、すごく私のことみたいな気がするんだけど、
読んでみてほしい」って。
写真
平野
まだ疑いつつ。
娘が読んでくれて、
「これたぶん、お母さんだと思う」って言うんです。
後になって思えば何か所か思い当たることはあって、
平口(ひらくち)のね、
お父様のことを書いた回があるじゃないですか。
平野
ぼくが生まれ育った地域の名前ですね。
ちょうど父の誕生日に
当番が回ってきたので書きました。
平口なんて名前、どこにでもあるのかなって思って。
あとはね、お家を引き払ったときの写真に、
「はまきたしりつ」って書いてあったでしょ。
平野
浜松市に合併される前の、浜北市ですね。
そうか、ぼくは無意識に匂わせていたんだ。
そこに平成6年って書いてあったのかな。
その年の浜北市には平野慎也さんが
何人かいたのかもしれないけれど、
どうも私がいっしょに勉強していた人と
すごく条件が一致する。
でも、ほぼ日にいるとは思えなかった。
平野
私の好きなほぼ日に、
知っている人がいるはずがないと。
ほぼ日じゃなかったら、
あの平野くんかなあと思ったんだけど、
いやあ、ほぼ日にはいないよ~って。
でも、関って書いてあるし‥‥。
娘が読んで、このへんがお母さんじゃないかって
言っていたこともあって。
「ざら・ず・ざり・ず・ぬ・ざる・ね・ざれ・ざれ」
「はらぺこあおむし」って書かれていたし。
平野くんが高校1年のときに辞めているし、
あまりにも私の感じに似ているなあと。
平野
なにせご本人ですから。
ほぼ日にメールを送ったことはなかったんですけど、
これは送ってもいいかなと思ったんです。
いけいけーって家族に応援してもらって。
そうしたら、なんかすごい元気出てきたの。
「ああ、お布団しまわなきゃ」って、
掃除機までかけちゃった。
そういうの、すごいと思いません?
それってペンの力なんですよ。
写真
平野
ぼくも本当に驚きましたよ。
関先生に届くと思って書いてないですし。
あの日に書いたのは、
受験シーズンだったからなんです。
たしか、その前にお尻の手術のことを
2回続けて書いていたんで、
3回は続けたらよくないよなぁと思って。
あはは、そうだよねえ。お大事に。
いまはもういいんですか?
平野
おかげさまで、もう動けます。
ある程度なら座っていられるようになりました。
この取材前にしていたやりとりでも、
何度も「どうぞお身体大切に」と
ご心配いただいていましたもんね。



世の中が受験ムードだなって考えて、
思い出したのが関先生の
「書いたら部分点、書かなきゃ0点」でした。
すごい、本当に。
平野
いつか、人に話したいなって思っていたんです。
それがたまたま、ご本人に届いた。
まさか、先生が読者だなんて思わず書いてるので。
まさか私が永田チルドレンだとは
思わないでしょうね。
平野
永田さんと同世代なのに、
永田チルドレンっていうんだなあ。
写真
ごめんなさいね。
私、みなさんの3分コラムを読んでいるときも
「ああ、私は永田チルドレンだなあ」って
いつも思っちゃうんですよ。
100本ノックみたいに、
みなさんのコラムを読んでいても、
永田さんのところまで来ると一回休めるんです。
なんだろう、句点みたいなものなのかな。
そこで止まって「よし!」って。
また次から読みはじめて、何周かしていても、
なぜだかわからないんだけど、
永田さんの回が来ると休めるんですよ。
平野
そこまでたくさん読んでくださって
ありがとうございます。
普段は誰に向けて書くの?
平野
対象は特に決まってないんですよね。
文字数とか、テーマとかも、
なるべく決め事をしないではじまりました。
ただひとつだけ決めたルールが、
「つまらなくならないようにしよう」だけ。
だから、誰に向けて書くというのは
その回によって変わるのですが、
読んでくださったかたからメールをいただいたり、
SNSでシェアされたりすると、すっごくうれしいです。
平野さんのコラムも素敵なんだけど、
サノさんの生命の誕生なんて書かれちゃったらね、
あれは禁じ手だって。あんなのもう、泣いちゃうよ。
それから稲崎さんがお子さんと手を繋いだ回とか、
もうどれも本当にすごいです。
平野
稲崎さんが息子さんと万博に行った話ですね。
あとね、羽佐田さんのことも大好き。
水野敬也さんと岸田奈美さんの「LOVE相談」を
Podcastでずっと聴いてたから、
読みながら羽佐田さんの声が聴こえてくるんですよ。
すごくきちんとした文体だし、
ズルとかしない人なんでしょうね。
お子さんの大事なぬいぐるみが
なくなったときの話、いいなあと思うの。
平野
本当に濃い読者でびっくりしました。
もう一周読み直してるから。
たぶん私、名前を伏せて
「はい、これは誰のでしょう」っていう
クイズがあったら当てられるんじゃないかな。
うちで練習しようとしたけど、出題者がいなかった。
それくらい、みなさんそれぞれに
文体があるんだと思うんです。
平野
その中でも永田さんは輝いて見える。
いや、輝くとかじゃなくって、
なんていうの、お布団?
写真
平野
へえー、お布団。
ほっとして安らげる場所みたいな?
ふふ、そうねえ。
その、聞かれないけど言うんだけど、
ほぼ日で更新がいちばんたのしみだったのが
「ネパールでぼくらは。」だったんですよ。
あれが好きで、折に触れて読んでいるんです。
そのときに読んだものが染み込んじゃって。
写真もきれいだし、書く人によって角度も違うし。
私、すごくほぼ日でできてるんですよ。
平野
まさかそこまで読み込んでくださっていたとは。
たとえば、平野くんがコラムで紹介していた、
稲田俊輔さんの『ミニマル料理』がありましたよね。
あの本のシリーズも、もちろん買っちゃったし。
ちょっと言うのが恥ずかしくなるぐらい、
ほぼ日で薦められるものを買っちゃうんです。
「イマコレキニ」で見たものも、家族に言っちゃう。
私にとって、東京らしいものっていうか、
最先端のものを知れるものは他にないんですよ。
平野
教師として働いている頃から
ほぼ日を読んでいたんですか。
ね、気になるでしょ?
みんなとお別れした後ぐらいかなあ。
平野
ということは、2004年ですね。
パソコンを開いて文章を読むってなると、
時間がなくて読めなかったと思うから。
その頃、私は「ほぼ日刊イトイ新聞」って
フルネームで呼んでいたんですけど、
ママ友にオシャレな方がいて、
「ほぼ日」って呼んだんですよ。
ガァーーン!! って、衝撃でした。
なんかね、そのシーンをすごく覚えてる。
だからやっぱり20年ぐらい前かな。
その頃の思い出だったら、
もう今日は帰さないぞっていうぐらい
ずーっとしゃべっていられると思う。
写真
(つづきます)
2026-03-27-FRI