気仙沼のほぼ日 気仙沼のほぼ日とは
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2012/01/24 11:31
カンカンと。

昨夜仕事が終わり、
八時半頃三日町の仮自宅で夕食。
外からカンカンと
拍子木を打つ音が聞こえた。
火の用心の見回りです。

母ちゃん「あら?! 今晩がらだべが?」

父ちゃん「今日、旧元旦でねぇが?」

母ちゃんと私、カレンダー見る。

2人同時に「ほにっさ!」

小さい頃に良く聞いた拍子木の音。
なんか安心する。

(SATOKO)


 

2012/01/23 19:52
気仙沼の銀座

全国津々浦々に「銀座」がありますが
気仙沼にもありました。
名前は「大堀銀座」。

とても短い銀座ですが、
かつては、デパート、銀行、旅館、
様々な商店が立ち並び、
気仙沼の中でも、とても賑わっていた場所です。

内湾に近いこの場所も、津波で大きな被害を受け、
他所にお引っ越ししてお店を再開された方や、
休業中のお店も多いです。

でも、この度、「大堀会復活祭」と称して、
かつての大堀銀座の場所で、
「スイーツ祭り」を行うそうです!
1月29日(日) 
南町の「イコーレ」というデパートのあった
通り沿いにテントが立ちます。

全国の美味しいスイーツ、
地元自慢のお菓子の出店、
(私、個人的には、紅梅さんの
「揚げあんぱん」がオススメです。餡子が絶品。)
木札ストラップや竹とんぼ作りのコーナーとか、
焼き芋食べくらべ、
気仙沼ホルモンの出店などもあるそうです。

すぐ近くには、51店舗が賑わう、
復興商店街・紫市場もありますし、
少し歩くと、赤提灯がわくわくする、
復興屋台村・気仙沼横丁もあります。
美味しいものや、散策が、
たくさん楽しめますよー。

今度の日曜日、
是非、ふらっと、気仙沼においでよ!

(*kazue*)


 

2012/01/21 12:29
どんとぽっちい。

初詣で「破魔矢」を購入した友人が
それを持って
「ツッタカター ツッタカター」と
罰当たりな行動を(笑)

‥‥「コレやった人名前なんだっけ?」
顔は出てるのに名前が‥‥

「どんとぽっちぃとかもやってたなぁ〜」と
かぶせて思い出しても肝心の名前が‥‥。
「ホッカイロ」が市民権を得た今、
「どんと」の存在を覚えてる人って
どれくらいいるんだろうか‥‥
っていうか、新年早々、古いですね。

そんな「どんとぽっちぃ」と思う時に
コチラを‥‥
屋台村にある「足湯」ならぬ
「足岩盤」です。
濡れないし、
靴下を脱がなくってもいい便利物。
凄く温まります。

血行が良くなるのか、
足裏が痒くなってきます。
そぞろ歩きの途中にでも
寄ってみて下さいな!


「ツッタカター」「どんとぽっちぃ」
「ボン、ボンじゃございやせんか!」
「つくつくほーし」‥‥。
「西川のりおと
 フラワーダンシングチーム」!
 そうだっ西川のりおだ!

(こまっちょ)


 

2012/01/21 00:30
アンカーバル。

気仙沼に帰ってきたアンカーコーヒー。
やっと訪れることができました!

場所は、45号バイパスから
田中前に少し入ったところ、
モスバーガーの向かい側
「復興小町・田中前店」1階の角っこに
ありました、ありました。

18時からは「バル」として営業、
お酒やお料理も味わえます。

スペインオムレツ、カルパッチョ、
パエリアなど
小野寺紀子さんが腕を振るうお料理は
どれもこれも美味しい。

バータイムでも
コーヒー、ラテをはじめとする
「アンカーコーヒー」メニューも
もちろん注文できます。

これからは、朝も夜も
『アンカーコーヒー&バル』に
通うことになるようだ。
(「〜ようだ」は気仙沼地方で
 「〜しなくちゃいけない」という意味です)

(港のスズメさんのふりをして、
 コイケがお届けしました)


 

2012/01/20 17:57
紫市場の特急寿司。

南町紫市場で復活した「特急寿司」。
めちゃお手頃の値段でお寿司が食べれます。
1軒目でがっつり!
2軒目でシメっていうのも、
さらにちょこっとつまんで
次へ〜っていうのも出来ますね。
ゆったりまったりも出来て、
美味しいですよ。
被災前は列車がびゅ〜〜〜んと
お寿司を運んでくれていたんですが、
今はどっしり鎮座しております。
再び走る運ぶ日はくるのでしょうか‥‥
晴れ姿、見たいものです。

(こまっちょ)


 

2012/01/13 19:12
階上のイチゴ

「階上」と書いて、
「はしかみ」と読みます。
3.11大震災では、
甚大な被害を受けた地区です。

イチゴ農家の方々は、
ここ数年、軌道に乗った経営だったでしょうに、
ハウスが津波被害で全滅状態。

こうして、出荷出来るまでに復旧したんですね。
ほんとに嬉しい!
ひと口にガブッと。
(seiko)


 

2012/01/10 11:18
気仙沼の銭湯

震災以降、避難生活をしていた人はもちろん、
自宅が無事だった方々も、
ライフラインが止まり、
お風呂に入れない日々が続いていました。

内湾近くにあった、
漁船員さんたちに愛されていた銭湯は、
残念ながら被害を受けてしまいましたが、
駅の近くにある『友の湯』さんは、
被害を免れ、震災からほどなく
営業を再開しました。

我が家でも、避難所にいた頃から、
自宅2階に戻ってからも、
家の補修が出来るまで通いました。
銭湯があって、助かった…。

市民にとっても、ありがたい場所だったけど、
なんといっても、全国からいらして下さる
ボランティアの皆さんが、
入浴出来る場所として貴重でした。
瓦礫片付けたり、町も空気が汚れていました。
きれいさっぱり、あたたまって、
頑張って下さっていたと思います。

銭湯のおばさんは、
そんなボランティアさんのために、
ボランティアさんたちが使う
シャンプーやボディーシャンプー、
お風呂上がりに飲めるようにと、
たっぷりの麦茶を、いつも用意してました。

今も、数は減ったそうですが、
ボランティアさんたちが訪れているそうです。

たまには、熱いお湯がたくさん張られた、
大きなお風呂に入りに行こうかなー。

(*kazue*)


 

2012/01/01 06:52
素晴らしい朝日

3〜4年前の写真かなと思います。
壊滅的な被害を受けた、
岩井崎からの、御来光。
たくさんの人たちが、
手を合わせていた場所です。
毎年、お神輿も、出ていました。

今、周りは壊滅的な状態だけど、
近くにあった神社は、奇跡的に残りました。

海沿いの町、気仙沼からは、あちこちから、
素晴らしい朝日が見られます。

海や太陽の美しさは、きっと変わらないはず。

気仙沼は素敵な場所です。
今までも、これからも。

(*kazue*)


 

2011/12/26 14:44
昭和の時代

昭和の時代、
気仙沼で初めて
信号が取り付けられたという交差点が
今日復活しました。魚町一丁目交差点。
海岸から200メートル位の場所にあります。
見通しの悪い交差点なので、
これまでは他県のおまわりさんが、
手信号で交通整理していました。

震災のあとは全てのライフラインが止まって、
それぞれの家では
電気がついた、水道がでた、電話が通じた、
その度に歓声があがったそうです。

当たり前だったものがなくなって、
なければないで暮らせるけれど、
あればあったでうれしいんだな〜。

応援のおまわりさん、
ありがとうございました!

(KENJI)


 

2011/12/23 10:55
バス

全国からの支援で、
気仙沼市内には
色んなカラーのバスが走っています。
こちらは尼崎市営バス。
誰が乗っていたんだろう。
朱色のバスはどこのだろう。
緑色の都営バスも走っていますよ!
思わず「ありがとう〜」って
手を振りたくなりますが、
運転手さん、地元の人だろうから。
乗りたい人だと勘違いされそうなので、
黙って見送っています。

(KENJI)


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