2008-07-24
吉本隆明
「芸術言語論」


昨日に続き、
吉本隆明さんの講演のようすを、
いただいた感想メールをご紹介しながら
お伝えしていきたいと思います。

講演前、吉本さんは
「1時間半で、きっちりやりたいんだ」と
自分に言い聞かせるように
おっしゃっていました。

そして、午後2時にはじまった講演は
「1945年8月15日」という
印象的な言葉ではじまりました。

「その日からずっと考えてきたことを
 要点をなんとか欠かさずに
 今日、ここで話すことができれば
 ひととおりはあらわせるんじゃないか」
という前置きで、吉本隆明さんは
「芸術言語論」を語りはじめました。

前に置かれたデジタル時計を気にして
「もう30分経っちゃったんだ」
などと、吉本さんがマイクを通して
自分に釘をさす姿が
会場の笑いを誘います。


吉本隆明さんという人は
難しいことをいっぱい考える、
怖い人なのかなと思っていたけれど
「ほぼ日」の「親鸞」のコンテンツで
イトイさんと話していることは
なんだか面白い、と興味が沸いて
講演会をやります! の声に
講演会なんて初めてだけど、
ちょっと、行ってみたい‥‥と
どきどきしながらチケットを押さえました。
(ケイコ)

吉本さんが、終戦から話を始められたことは、
全く絶妙でした。
何年経とうが、問題意識の原点から始められ、
あ、吉本隆明の原像はここだったのだと、
うろうろしていたこちらを
あらためて目覚めさせてくれたように思いました。
(石)

終戦のショックで、
「世界のつかみ方を考えないことには
 生きていけない気がした」
という出だし。
「それに5、6年かかりました。
 その5、6年は勉強しました」。
そして、太宰治の小説の筋を紹介するときの
「私のような凡俗な者にはうまくいえないんですが」
という言葉。
僕からすると、吉本さんというのは
「すごい人」なので、
「オレの考えたことを聞かせてやるぜ」というふうに
話すのかなあと思っていたら、そうではなくって、
ああ、この人はとにかく
「一生懸命に考えている人」なんだなあというのが、
一番、感じたことです。

同じフレーズが何度も繰り返され、
順序もかなりバラバラになったお話。
僕はそれなりに小説も読んでいるので
まあついていけるけどさ、
これってみんなついていけるのか? 
と、生意気なことを考えておりました。
そしたら。
みんな3時間ずっと耳をすませているし、
ところどころに出てきた細かいおかしみの場所では
すぐに笑い声が起きるし。
うわあ。
「オレはけっこう本読んでるからまあわかるけどよう」
と、生意気なことを
感じていたけど、そうか、いまこの話は、
ここにいるみんなに伝わってるんだよなあ、
そうかそうか、すげえなあ‥‥というのもまた、
驚きだったのです。
(h)

「言語を2つに分けるとわかりやすい」というお話には
すごい驚かされました。
考えた事もなかったから。
スーッと身体の中にその理論が入ってきました。
なんだろ、霧が晴れたみたいな感じ?
(TULIP)

私は本好きでよく小説を読むのですが、
ほとんどエンターテイメント小説を好んで読み
純文学は読書力向上のために時々、
という読み方をしていました。
純文学にも面白みを感じることはあるけれど、
どうしても敷居の高いイメージがつきまとっていました。
今回の講演で純文学の楽しみを
発見できて嬉しかったです。
(さら)

今回のお客さんは「ほぼ日」のファンが
多勢ということで、奇妙な焦りを感じました。
私は手持ちの知識で本で
読んでいる部分で補完しましたが、
この大勢の女性の方々は大丈夫だろうか、と。
(b)

吉本さんの講演を聴きに行くことは、
山口県に住む私には、
そんなに簡単なことではなったのですが、
私にとっては必然で、そうしている自分がおりました。
その大きな決め手となったのは、
吉本さんのコンテンツの中の「日本のこども」でした。
そこで耳にしたことが、
私の本来やるべきことへと繋がる
糸口のようなものになったのです。
そして、今回、その根底に「沈黙」がある、
という所へ、繋がっていきました。
(マ)

ステージに現れた
一見なんてことのない普通のおじいさんを見て
糸井さんがおっしゃる吉本さんの素晴らしさは
半信半疑の中、講演がスタートしたのですが、
‥‥正直びっくりしました。
私が小さい頃から「なんとなくこんな感じがする」と
感覚では気付いていても
モヤモヤして言葉にできなかったことを、
的確な言葉ではっきり言い切って下さいました。
(mo)

吉本さん、構成表もほとんど見ずに、
糸井さんのタオルが入るまで3時間ぶっ続け、
あのまま行けば何回戦まで
ボクシング続いたでしょうか。
83歳ですよ。
あの迫力ある声は
内臓から来る自己表出の持続そのもの。
吉本さんは沈黙のなかにある
自己表出の重さ、重要性を
コミュニケーションのことばとの対比、差異として
語ったと思うのですが、
その差異は吉本さんの語りの持続そのものが
いちばん語っていたという気がします。
沈黙のなかにある
コミュニケーションにならないことばの
価値の領域の豊富さを目指せということ、
それを第二の言語として
コミュニケーションのことばに
対置させていくということ、
安易な指示表出に向かうなということ、
それをエンドレスボクシングで伝えてくれたと思います。

『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』
『心的現象論』は、類のない本質論で、
ヘーゲルやマルクスを超えた
新しい概念を提出していると思います。
吉本さんはそれを持続的に展開され、
今もさまざまな示唆を与えてくれていると確信しました。
貨幣はコミュニケーションとなってしまった
「価値」の幻影ではないか、
それを世界が、経済がたしかだと思う
拠りどころにしている、そんなことをふと思いました。

今後も「ほぼ日」が現在と未来について
吉本さんの発言を届けてくれるのを楽しみにしています。
(藤)

糸井さんの敬意と親しみのある応対、
全霊で伝えようと言葉を紡ぐ吉本さん、
そしてなにより驚いたのが、幅広い年齢層の観客!
人気アーティストのコンサートかと
思うくらいでした。
(P子)

身体のあちらこちらに不具合がある状態でありながら、
微塵もあきらめず、ご自分の言葉で伝えようとされる姿。
自分は医師として働いているので、
つい気になって手の動きや御姿勢などをみてしまうのですが、
肉体としては老いを否定できないけれども
魂は老いていない。
あきらめてしまっている若者にくらべ、
どれだけ若いのか、と思いました。
(のり)

いつの間にか、ちゃぶ台をはさんで、
「もっと聞かせておじいちゃん」と言っている
孫のような気持ちになってしまいました。
「ほぼ日」をみていなかったら、
吉本先生への私の知識は
「よしもとばななさんのお父さん」で終わっていました。
(食いしん坊日和)

吉本さんが書かれた本を読む事で、
吉本さんの考えていらっしゃることを知ることはでき、
文体からも吉本さんの声を想像することはできます。
しかし、実際にお話を聞いて、
やはり生の声や表情、身体全体からくる表現を
体験することは
その場所、その時間でしか
できないものなのだなとつくづく思いました。
いかにも楽しそうに話されている姿を見ていて、
本当にあの場にいられる幸せを感じていました。
(和子)

恥ずかしながら、吉本さんを知ったのは、
「ほぼ日」からでした。
講演というのもほとんど聞いたことがない身でした。
働きだして、興味を持ったことに
自分のお金で参加できるようになり、
本州地方に就職で引っ越し住みついて2年目の年に、
この企画が催され、参加できた偶然に、感謝しています。

吉本さんを知るのはこれからな私ですが、
スタートとして、
吉本さんの言葉を吉本さん自身から聞けた幸運に、
はじめての挑戦のような、
わくわくする気持ちを抱いています。
(ちびぃ)

講演会の、あの場に自分がいる事が
とてもうれしかったです。
吉本さんの手が、色んなことを語ってるなと思いました。
なにかを思い出す時の掴むような仕草、頭を掻くとき、
ほんとに引き込まれました。

糸井さんが「自分だけじゃもったいない」と
言われた気持ちがわかる気がします。
ほんとに、こんな先生に出会いたかったです。
(くらこ)

あのお年でなおも着地点を考えず、進み、見つけ、
それらを私たちにも確実に、
熱心に伝えようとする姿に
たびたび涙してしまった私でした。
(ト)

私には、どちらかといえば、
非常に難解な講演でありましたが、
手渡されたパンフレットに助けられ、
生涯におそらく忘れることの無い
貴重な体験になりました。ありがとうございました。
大変なことは承知の上で、続編といいますか、
「ほぼ日」上での補講の実施を切に希望します。
(ちいこのママ)

当代の思想家が一般の人に
分かりやすく語りかけようと
こころを尽くしてくれるのを
会場の全員が一所懸命に受け止めて
何かを感じ取ろうとしているのが
とても温かくて、
豊かな時間を過ごしたのだなあと思っています。

席に着くと、
紙の袋に入っていた甘いものと飲み物に
気持ちが和みましたし、
冊子のレジュメはとてもわかりやすくて
講演の理解を助けてくれました。

会場全体がとても気持ちのよい雰囲気に包まれていて
吉本隆明さんや糸井重里さんやスタッフのみなさん相互の
信頼と尊敬に満ちていたように思いました。
(ほぼ日のファン)

拝聴していて
「ぜんぜん時間が足りないなぁ」とも思いました。
この時間が「足りない」のは、
吉本さんのお歳のよる滑舌の悪さと
伝達能力の低下にも多分起因するんでしょうけど、
言いたいことが多過ぎるんだと感じました。
83歳にして、まだそれほどまでに
言いたいことがあるんですか?
と、私は不覚にも涙ぐんでしまいました。
会場には、
随分と若い人たちが多かったように思います。
(H)

中国から飛んで行きましたが、
予想通り素晴しい講演会でした。
吉本さんの本をここ3〜4年読んできた
新しい読者として
思想的な影響を受けることを予想していましたが、
本を読むのとは全く違う
吉本さん自身のやさしさ、
近づきやすさのようなものが感じられ、
予想とは違った意味でも、本当に行ってよかったです。
(S)

「早く終わっちゃうのは残念だけど、
 遅くなる分にはいいよね!」
と、始まる前に言い合っていました。
1時間半では終わらないだろうなぁ、
という気持ちでいましたが‥‥そしてそうなったわけですが。
「半世紀考えていたことを1時間半では話しきれない」
それはそうだよな〜!!
私も友人も、周りのひともうなづいておりました。
(26歳OL あんこ)

漠然と感じたのは
「自分はどこかでこういった話を聞きたかったんだな」
ということです。
今回のように、
「誰かが自分の中でしっかりと考えた話を
 腰を据えて聞いてみる機会」
をどこかで持ちたかったんだと。
誰か信頼のおける方の話を
丸ごとしっかりと
聞いてみたい気持ちがあったみたいです。
これが今後どのように
自分の暮らしの中に沁みてくるかはまだ解りませんが、
じわじわと何かが来るのではと密かに思っております。
それにしてもやっぱり解らない部分もありました。
もう少し聞いてみたい部分もありました。
特に幹と根っこの辺りはもっと聞いて見たいです。
でも後々にイトイさんが
その後のお伺いをして頂けるとのことで、
その辺も期待しておりますので
よろしくお願いいたします。
(bata)

きっとあの講演は
いつまでも忘れられないものになると思います。
あんなに話しているひとがなにを大切に思って、
なにを伝えようとしているのか
必死で聴こうとした講演会は初めてだった気がします。
最後に糸井さんが
「わからなかったこととかをまた訊きに行きます、
 それをまたみなさんに伝えます」
って約束してくれたときは嬉しかったです。
わかったふりをしたくない、
わからなかったことを忘れたくない、
もっともっと知りたい、
っていう、聴いてるひとたちの気持ちを
受け止めてくれたんだと思いました。
今「ふたつの目」を読むと、
吉本さん本人が話されているのを
聴く前と聴いた後では
ぜんぜん理解の質が違うことがわかります。
それに今感激しています。
(y)

感動しました。何なんでしょう、
特に詳しく存じあげている方ではないのに。
でも、「ありがたい」という気持ちに
近い感覚はありました。
途中、言葉を口から紡ぎ出す前の、
慎重になっているが故のその沈黙の時間が、
その目をつぶって
必死に次の言葉を導き出そうとしているその表情が、
僕にはたまらなくゼイタクでした。
(まっちゃん 男 38歳)

糸井さんが
最初の予定などどうでもいいんだというふうで
吉本さんに目一杯時間を使わせようとされたことに
感謝します。
(猫おじさん)

今後の自分の人生の中で、
あの3時間が大きな意味をもってくると思います。
(しらしら)

吉本さんが退場される時、期せずして、
スタンディングオベーションみたいな形になった場面、
ヤンキースタジアムにいるみたいでした。
(ミッセイ)

「世界を知る(把握する)方法」
それを探して世界中を旅する冒険家が、
冒険談を話している姿に見えました。
(ちあき)

とっても不思議なんですけど、
日が経つごとに、吉本さんの存在が増すのです。
より正確に言えば、
あれは本当に現実のものだったのかなぁ、
という気持ちになるのです。

映画を見終わって、いい映画だったねぇ、と
言える映画もあれば、
日が経つごとにストーリーではなく
あるシーンが朧気に浮かぶ映画もありますよね。

うまくいえませんが、
あの日の吉本さんの虚空を見つめる目、
手の表情(?)は、一生、
私の脳裏に残るのだろうなぁ、
と今では思っています。
(h)

糸井重里がステージの吉本さんに歩み寄り
時間を告げたとき
「半世紀、考えてきたものを
 1時間半でやるってのはどうも‥‥」
と、吉本さんは頭を掻かれました。
すると、その瞬間、客席から
わー、と拍手がまき起こりました。

その拍手のあたたかさを受けて、
吉本さんがちょっとうれしそうな表情を
なさったことを、
舞台ソデにいた我々スタッフは、
印象深く心に刻みました。

講演会や、『吉本隆明の声と言葉。』についての
ご感想やご質問を
どうぞpostman@1101.comまで
お寄せください。

(「ほぼ日」菅野)

2008-07-23
7月19日、人見記念講堂。

吉本隆明さんの講演会
「芸術言語論──沈黙から芸術まで──」が
7月19日(土)に昭和女子大学 人見記念講堂で
行われました。
約2100の客席は、満席でした。
予定どおり14時に、幕はあがりました。

この日のために、吉本さんが用意した
講演の構成は、

一、言語と沈黙
二、精神と表現の型
三、言語の二分概念
四、芸術の価値
五、日本語五十音図について

という章だてに分かれていました。

当初、我々は
吉本隆明さんの講演と
吉本さん+糸井重里のトークという
2部構成を考えていたのですが、
吉本さんのお話は3時間を経過しても
終わりませんでした。
そのため、講演会は終わり、
糸井重里との「トーク」の第2部も、
「持ち越し」という形になりました。

この講演にお越しくださいましたみなさまより
ご感想を、ほんとうにたくさん頂戴しました。
ありがとうございます。
抜粋でご紹介いたします。

83歳の吉本さんが、あのステージにひとり、
3時間、休むことなくお話しされたことに
感嘆、驚愕です。
ものすごく長い年月、森に立っていた
年輪でギッシリの大木、
その幹の奥深くから声がしみでて
私たちに何か語りかけてる
そんなイメージを感じました。
(たまきち)

講演の内容のエキサイティングさも
もちろんそうなのですが、
時間をオーバーしたことを告げられたとき、
吉本さんが
まるで小さな子供のように、
頭をかきながら笑っている表情が
とても印象的でした。
おおげさかもしれませんが
世界の秘密に少しだけ触れられたような
楽しいイベントでした。
(東京都  二十九歳 男)

何時間でもお話を聞いていたいと思う
心地よい3時間でした。
印象に残ったのは、
「人と自然は相互関係でなりたっている」
という言葉でした。
日常生活のなかに思い当たる事があり、
とても納得してしまいました。
それと、木の幹の話もイメージが湧いて
好きな言葉でした。
(hanaday)

「いまここ」がすごい貴重だと感じていました。
隣も前後の人たちも全然知らない方ですけど、
ときにはうとうとし、
ときには猛烈にメモをとったり、はたまた
こっそりおやつ食べてたり、いろんな人が居ました。
若い人がわりと居たのが嬉しかった。
みんな軽そうに見られがちかもしれないけど、本当は
吉本さんが話すような本質的な、
何かを追求することに
取り組んでみたいのではないかなと思いました。
(高)
もうなんと言うか
「すごいものを見てしまったなぁ」という感じです。
3時間、ずっと話されていることにも
ビックリでしたし
内容の多さにも、その熱のこもった話し方にも
感動してしまいました。

残念ながら、
お話についていけないところもありましたし、
少し聞き取りにくいところもありましたが、
勉強になることもあり、
心から来てよかったなぁと思いました。
できれば、もっともっとお話を聞いていたかったです。
講演のフォローというか、
第2部に予定されていた内容も楽しみにしています。
(k)

今までほとんど吉本さんの本を読んだことがなく、
難しい話を聞けるだろうかと心配してたんですが、
本当におもしろかったです。
特に、「言葉と沈黙」「表現とはなにか」の話は
しびれました。
ひとまず、こんな貴重な機会をありがとうございました!

1回この講演を聞いただけですが、
引けなくなったというか、
もっともっと知りたいと思いました。
「ほぼ日」での吉本さんの追っかけ、
どうぞ末永く続けてください。
これからも楽しみにしてます!
(eri)

道を間違えてなかなか会場に着けなかったら
どうしようと思っておりましたが、
三軒茶屋駅から会場までずっと、
暑い中案内をして下さる方がいて
感激して中に入りました。
中に入ると、座席には
お茶・お菓子・パンフレットがあり、
時間ぎりぎりまで講演があり、
最後に全員の記念撮影と
最後の最後まで感激しておりました。
あたたかい講演を本当にありがとうございました。
(山)
熱が入ると歌うように手を大きく振り広げて
語る吉本さん。すごいパワーを感じました。

詩のような言葉
「芸術であったり喋ったりすることは
 孤独でさびしいが
“いつかどこかで”あえたらいい」
という言葉に感銘をうけて目頭が熱くなりました。

きっとあの会場で一番パワーを使ったけど
一番疲れていなかったのは
吉本さんなんじゃないでしょうか。
精神の持続時間とその強度は
ハンパないなと感じました。
(j)

半世紀もの間、目をそらさずに
ずっと考え続けてこられたことを、
わたしのような若輩者が
すぐに理解できるはずもありませんが、
さっぱり分からないということは
もちろんありませんでした。

でも、今日、何より感動したのは、
やっぱり吉本さんは
本当に信用できる大人なのだということを
再確認できたことです。

吉本さんのお話をお聴きしているとき、
発される言葉からも
エネルギーからも沈黙からも
「この方は本当に偽らずに
 はぐらかさずに生きてらっしゃる」
というのがよく分かって、
この方がおっしゃることならば本当だ。と
思えました。
(茂)

本日、僕も講演会行きました。
本当に楽しい3時間でした。
あっという間でした。

ほんとうに後何時間でもお話を聞いていたかったです。
(お身体にさわるといけないので、
 そんな無理も言えないのですが)

僕は読書が好きなので、
文芸評論の話とか、とてもためになりました。
分かったと思えたことも、
ちゃんと理解できているか分からないのですが、
僕自身がオマージュ作品が好きになれない理由とか、
明確になった気がします。
『声と言葉。』を購入したので、
吉本さんの講演を、
落語みたいな感覚で聞き続けたいと思います。
『五十度の講演』も買いたいと思います。
(たの)

吉本氏の講演は繰り返しが多く、
必ずしも流暢な流れに乗ったものとはいえないのですが、
最後に全ての主題に共通する
情況の根源ともいうべきところへ
渦の中心に巻き込まれていくように
大きく盛り上がっていくものでしたが、
そのような意味からは今回の講演は、
吉本氏が否定しようもなく肉体の最晩年にあることを
痛感させるものでした。

しかしこれを吉本氏と糸井重里氏そして
若い人たちが作り上げられた
大きなイベントとしてみるならば
大成功だったのだと思います。
特に60年代から70年代の危険人物扱い、
あるいはオームバッシングの嵐などを思えば
あのように若い人たちに囲まれ、
ほほ笑む吉本氏の姿を見るのは感無量でした。

中断という形になりましたが
講演の内容としても沈黙の持つ意味、
文芸批評の根源的課題、
日本語の母音・子音論の展開など
吉本氏がなお、
自らの課題をさらに深化されていることに
深い感銘をうけました。
(たに)

吉本さんのお話を聞いて、
スッとわからない部分も正直たくさんありました。
でも、家に帰って、母に
「こういう話を聞いたよ」と、
思ったよりうまく伝えられている自分がいました。

「ほぼ日」で公開していた
「喩としての聖書──マルコ伝」。
講演会に参加した人は聞けなかったのでは?
ぜひまた公開する日を作って下さい。
(ボルビックドリンカー)

たぶん、正直に感想を書くならば
講演の内容は、やっぱり
けっこう僕にはむずかしかった気がします。
難しかったから、つまらなかったのかといえば
そうではないような気がします。

吉本さんの講演でむずかしかったところは
『吉本隆明の声と言葉』の本でけっこう、
いくらかは補完されて、
なるほどと、ちょっとわかりやすくなった気がします。
入門編としては、かなりすばらしいと思います。

「ほぼ日」が吉本さんにつきまとう限り
僕も吉本さんを楽しみ続けると思います。
(takuma)

第二部、今日でなくて良かったです。
ほぼ日で「第二部」が始まるまでは
吉本さんの講演が自分の中で続いているような
そんな感覚で過ごせると思います。

吉本さん、お疲れ様でした。
今日の3時間の場に立ち会えて幸せでした。
(くまじ。)


みなさまのご感想のメールにもありましたとおり、
講演会が終わった時点で
お約束したことがふたつ。

・この講演の続きを補うかたちで
 「ほぼ日」で、なにか、やります。
 (対談連載にするかどうかなど、
  形式や発表方法は未定です)

・講演中に公開していた
 『喩としての聖書』は、もういちど
 あらためて公開日を設けます。
 (海外の方にもお聞きいただけるよう
  時間帯や形式を工夫いたしますね)

明日も、ひきつづき、
講演会のようすといただいた感想を
ご紹介したいと思います。

また、講演会の感想はもちろん、
お手もとに届き出した
CD&BOOK『吉本隆明の声と言葉。』のご感想も
お待ちしております。
どうぞpostman@1101.comまで
お寄せください。

2008-07-19
7月18日、19日はYOSHIMOTO 2DAYS!

7月18日、19日の2日間、
紀伊國屋書店新宿本店と、
人見記念講堂からテキスト中継をしました。
その様子はこちらからどうぞ。

2008-07-16
明日、明後日の
2日間は!


明日から2日間、
吉本隆明プロジェクトのまわりは、
なんだかちょっとお祭りのような
様相になるかもしれません。

7月18日(金)は、
『吉本隆明の声と言葉。』発売記念
紀伊國屋書店新宿本店からテキスト中継。
(「ほぼ日」スタッフが売り場におじゃまします)

7月19日(土)は、
人見記念講堂にて
吉本隆明さんの講演会『芸術言語論』

開催します。
こちらも、会場からテキスト中継あり。

このように、
2日間、このページで
テキスト中継をいたしますので、
どうぞのぞきに来てくださいね。

では、こまかくなりますが、
以下にそれぞれのイベントのご案内をいたします!



7月18日(金)
紀伊國屋書店新宿本店の開店から閉店まで
店頭のワゴンで『吉本隆明の声と言葉。』
販売いたします。
「ほぼ日」スタッフが、交代で
販売のお手伝いをいたします。
特製のちらしやしおりをお渡しいたしますので、
ぜひ足を運んでくださいね。
(糸井重里は、夕方あたりに
 お店のワゴンで販売のお手伝いをする予定です)
紀伊國屋書店新宿本店の場所は、こちらです。

また、お近くの本屋さんで
『吉本隆明の声と言葉。』を発見された方、
「ほぼ日ストア」から
『吉本隆明の声と言葉。』がお手もとに届いた方、
メールをお寄せいただけるとうれしいです!

7月19日(土)
昭和女子大学 人見記念講堂にて
吉本隆明さんの講演会
『芸術言語論 ──沈黙から芸術まで──』
開催日です。

吉本隆明さんの講演が終わりましたら、
休憩をはさみ、
吉本隆明さんと糸井重里が、
ステージでおしゃべりします。

総計何時間のステージになるか、
厳密にはわからないのですが、
ご来場のみなさんのおなかが空く時間までには
終了するのではないかと思います。

会場にお越しくださるみなさん、
当日、会場では
食品を販売する予定がございません。
人見記念講堂の近くの
コンビニエンスストアや、周辺の
おいしいお店をご利用なさってください。

人見記念講堂は、
三宿と三軒茶屋のちょうど中間にあります。
講演前に、カフェの充実した三宿エリアで
食事をすませて、のんびり歩いて来られるのも
おすすめです。
個人的におすすめするお店はこちらです。
土曜日はどのお店も混むことが予想されますので、
余裕をもって現地までお越しください。

また、会場ロビーでは
iMac3台、iPod15台をそろえ、
『吉本隆明 五十度の講演』を
ご試聴いただけるブースをご用意しています。
試聴用のヘッドフォンが設置されているのですが、
自分のイヤフォンで聞くとどんな音なのか
試してみたい方、
「イヤフォン持ち込み」も歓迎です!

そして、この日も
イベントの様子をテキストで中継します。
講演内容がきちんとお伝えできないと
思いますので、
昨日のこのページでお伝えしましたように、
講演中は、吉本隆明さんの
「喩としての聖書──マルコ伝」(総計130分)の
講演をお聞きいただけるようにいたします。

では、明日より2日間、
新宿で、三軒茶屋で、画面を通して、
みなさま、お会いいたしましょう!

(「ほぼ日」西本)
2008-07-16
7月19日、講演会。
テキスト中継中の、おたのしみ。


吉本隆明さんの講演会が
今週の土曜に迫ってまいりました。
我々スタッフは、会場の最後の下見を終え、
準備は現在、
最終段階を迎えています。


一方、吉本隆明さんは、
当日の檀上で
どのくらいの光量で、
どんな文字の大きさなら
構成表を判読できるかを
テストしたりしています。

あらためて吉本さんに、
講演のために準備していることを訊ねると、
「入れ歯をしっかり止めるのを買ってきましたよ」
と、おっしゃっていました。
すごいところまで準備なさってます!

さて、講演会当日は
(じつは前日からやるのですが、
 それはまぁ、今はさておき)
1日のようすを
テキスト中継でお伝えしたいと思っています。
(テキスト中継とは、こんな感じのものです)

でも、肝心の
吉本さんの講演の内容については
テキスト中継では
きちんとお伝えできないのが気掛かりです‥‥。
そこで!
講演中、テキスト中継画面で、
吉本隆明さんの講演のひとつ、
「喩としての聖書──マルコ伝」
を、お聞きいただけるようにしたいと思っています。

「喩としての聖書──マルコ伝」の講演が
行われたのは、1977年です。
古い音源なのですが、糸井重里は以前より、
「いつか『ほぼ日』を読んでくれている人に
 吉本さんの講演を聞いてもらえる機会があるのなら、
 ぜひ、この講演を」
と言っていたのです。

聖書の中の奇跡をどう読むか、
というテーマの
とてもおもしろい講演です。
時間制の限定公開ですので、
(ただし、現在予約販売中の
 『吉本隆明 五十度の講演』に入っています。
 また、後日、あらためて
 音源を「ほぼ日」で公開することも予定しています)
ぜひ、お聞き逃しなく!
どうぞたのしみになさっていてくださいね。

(「ほぼ日」冨田)
2008-07-15
どうしてそんなに
吉本隆明をすすめるの?


先日、「ほぼ日」のメールボックスに、
こんな質問が届きました。


いつも楽しく拝見させていただいています。

突然ですが、糸井さんは(「ほぼ日」の皆さんは)
なぜそんなに吉本隆明さんについて
一生懸命にアピールなさっているのでしょうか。
何かきっかけだとか、〜だから、という理由は
あるのでしょうか?

糸井さんが何をもってそこまで吉本さんのことを
私たちに伝えようとしているのか、
よくわかりません。
(k)


いただきましたこのご質問について、
糸井重里に訊ねてみることにしました。
なぜ「吉本隆明という人」について
伝えようとするのか、
どうして吉本さんは、特別なのか。

「じっさいに、そう(特別)だからです。
 うーん、そうですね、これは
 たとえになってないかもしれないけど、
 野球の選手だった人が監督になったとします。
 その人が選手だった時代に、いろいろ教えてくれた
 自分の監督について言うときには
 『ホントに、ありがたかったんだよ』って、
 言うと思うんです」

糸井さんにとって、吉本さんはまず、
そういう存在だ、
ということなんですね。

「吉本さんがいなかったら、
 いろんな場所に、自分では到底
 たどり着けなかったです。
 先に考えておいてくれた人びとがいるおかげで、
 ぼくたちは遠くまで行けるんですよね。
 
 『ほぼ日』でのプロジェクトも、
 吉本さんがいなかったら
 思い至らなかったことがあります。
 吉本さんが頭の中にいないと、
 俺はもっと焦ってドタバタしていただろうな、
 ということもあります。

 うんと昔、何かを訊ねたくなったときには
 お寺に和尚さんをたずねたり、
 村の長老の家に通うことがありました。
 だけど今は、
 そんな存在は、ほとんどいないでしょう。

 あ、もしかしたら、今はテレビが
 そういう役割をしているのかもしれないです。
 画面の中でニュースを読んだり解説したりする、
 『確かなこと』を言っていそうな人を
 頼りにしたい気持ちが
 多くの人の中にあるのではないでしょうか。

 でも、「そんなことも知らないの?」と
 と言い合っているうちに、世の中は
 移り変わっていきます。
 すぐに通用しなくなるような考えが
 勢いよく行き交ってますが、
 みんなはそんなことばかりを
 必要としているわけじゃないと思うんです。
 ほんとうはきっと
 グラグラしないものがほしいんです。

 僕は、そういう人を探し回りました。
 それが、吉本隆明さんでした。

 吉本さんは2〜3年後に違うことを言う、
 ということは、まずありません。

 吉本さんの「その言葉、あの言葉」が
 知らないうちに自分に残っています。
 そしていまでも、どんどん更新されていきます。
 『吉本隆明 五十度の講演』に
 収録されているなかでも、
 昨日今日にやっとわかった内容だって
 あるくらいですから」

吉本さん以外の方でも、
すばらしい先達はいらっしゃると思いますが、
吉本さんは、何が違うんですか。

「立派なことを教えてくれる人はたくさんいます。
 “あの人はほんとうにうまいこと言うなぁ”
 “いいねぇ”“そうだなぁ”
 と、ぼくたちは感心したりもします。
 どれもありがたいんですが、
 その奥にあるものをさわらせてくれることには、
 なかなか出会えるものではありません。

 慰めや気休めの言葉もたくさんあります。
 慰めが、人生をあらわす深い形を
 していたりすることもあります。
 しかし、吉本さんのやっていることは、
 もっと生々しかったり、痛いものです。

 痛いのはわかってるけど、そらさない。
 それはもう、ひどく
 義務のように、
 ある瞬間に行きつくまでは
 決してそらさない人です。

 吉本さんが導き出した考えが
 グラグラしない理由は、そこです。
 根源に近い部分で
 まちがえないように気をつけて
 考えた人の考えだからです。
 それはもう、比べられない言葉です。

 吉本さんと同じように
 そらさないでやってきた、
 マルクスのことも、親鸞のことも
 三木成夫さんについても
 知ることができました。
 その入口も、みんな、
 吉本さんから教わったのです」

なるほど、わかりました。
ありがとうございます。

「でも、もしも今ここに
 親鸞がいたとしても、
 ぼくは吉本さんの話を聞くと思う」

ほんとうですか。

「うん。
 だって、親鸞には近代的な考えがないから」

‥‥それは親鸞は鎌倉時代の人で、
近代を知らないから、
しかたがないじゃないですか。

「親鸞とは違って、吉本さんは
 ヘーゲルのことも知ってるし」

そうですね、親鸞は海外はちょっと‥‥
いや、そうじゃなくてほんとうに
吉本さんは、たくさんの分野の、
いろんなことを抱えていらっしゃいますからね。

「怖くないし」

優しい人ですね。

「うん。
 厳しい場所まで行って厳しいことを言うけど、
 吉本さんが教えてくれるのは、
 人が苦しくなったり固まったり
 するようなことではないんです。
 吉本さんを通して、
 人間というものをわかればわかるほど、
 肯定的になっていくんです」



ご質問をくださいました(k)さん、
以上で答えになっていますでしょうか。
メールをありがとうございました。

『吉本隆明の声と言葉。』
『吉本隆明 五十度の講演』について
ご質問やご意見など、
どうぞpostman@1101.comまで
お寄せください。
(「ほぼ日」菅野)

2008-07-14
もうすぐ本屋さんでの発売日。
紀伊國屋書店新宿本店の売り場にて。


『吉本隆明の声と言葉。』の
全国の主要書店での発売日は
7月18日(金)です。
発売初日は、紀伊國屋書店新宿本店の
店頭のワゴンで、
『吉本隆明の声と言葉。』が販売されます。
店頭のワゴンで1日販売‥‥と聞いたら、
「ほぼ日」のスタッフは、
じっとしていられません。

そこで、発売日初日は、
紀伊國屋書店新宿本店の開店から閉店まで、
1日中、入れ替わり立ち替わり
スタッフが店頭に立つことにいたしました。
夕方頃には、糸井重里も
本の販売のお手伝いをすることになりそうです。

7月18日(金)、もし新宿の近くを
通りそうなみなさんは、ぜひ
お立ち寄りくださいね!

詳細は追ってお知らせいたします。

(ほぼ日 甲野)

2008-07-13
共同通信社・文化部の細田さんが
取材に来てくださいました。

この「吉本隆明プロジェクト。」については、
たくさんの媒体の記者の方々が
取材に来てくださいます。
講演集の発売日も近くなりましたので、
糸井は最近、毎日のように
インタビューを受けさせていただいているところです。

先週の木曜日に取材に来てくださった
共同通信社の細田さんに、
取材終了後、お話をうかがってみました。

細田さんは、実は
吉本隆明さんとも、糸井とも、
長いおつきあいでいらっしゃるんですね。

「お仕事で糸井さんにお会いするのは
 本当に久しぶりですし
 しかも、吉本さんのことで
 お話を伺えるとあって、
 私にとってはたいへんたのしい時間を
 いただきました。

 吉本さんの講演集を出すことについて、
 糸井さんがいったい
 何を考えていらっしゃるのだろうと
 興味津々で、今日はおじゃましました。

 吉本さんのあの声が
 どんなふうに多くの方の耳に届くのか、
 たいへんたのしみです」

細田さんは、吉本さんとは、
いつからのおつきあいなんですか?

「僕が文化部に配属されたのが1990年で、
 それからときどき、原稿をいただきに
 おじゃましておりました。
 
 そのうちに、なんだか“仕事2割遊び8割”
 みたいな感じになってきまして、
 お家に伺ってはビールをいただいて
 食事したりするようになりました。
 
 吉本さんに、難しい本について訊ねると
 全部教えてくださるので、
 それから僕はもう
 難しい本を読まなくていいようになりました(笑)」

細田さんは、
『吉本隆明 五十度の講演』に収録されている
講演のひとつに
行ったことがあるそうですね。

「1996年、阪神大震災から1年後の芦屋で行われた、
 『ヨブ記』についての講演です。
 その頃、僕は大阪の文化部にいました。

 あの講演は、本当にすばらしかったです。
 とにかくすごくて、
 すぐに記事を書いたのを憶えています。

 会場は満員だったんですが、
 吉本さん本人がなかなか到着しないんですよ。
 主催者の方が真っ青になり、
 どうしようどうしよう、という雰囲気になったとき、
 2〜30分遅れて、吉本さんが
 ようやく会場にあらわれました。

 吉本さん、なにをなさってたんですか、と訊くと、
 『梅田から芦屋なんて
  すぐだと思って歩いたんだけど、
  いつまでたっても着かないんだよ』
 なんて、わけわかんないことを
 おっしゃるんですよ(笑)。
 途中でタクシーに乗ったけど、
 それでも遠かった、って」

なんだか吉本さんらしい
エピソードですね。

「そんなふうに、数十分遅れて
 講演がはじまりました。
 講演の冒頭で、吉本さんが
 『神と自然は同じだ』というようなことを
 おっしゃって、聴衆はみんな
 「え?」「何を言ってるのか?」
 という感じだったんですが、
 どんどんひき込まれていきました。
 そして、口々にみんなが
 『これは、待ったかいがあったなあ!』と
 言い合ったんです」

細田さんにお願いして、12年前にお書きになった
その記事を探していただきました。
「“正義”疑う倫理を
 吉本隆明氏が白熱の講演」
という見出しのついた、
細田さんの興奮が伝わってくる文章でした。

この講演は、
「苦難を超える──『ヨブ記』をめぐって」
というタイトルで、
『吉本隆明 五十度の講演』の第49番、
最後から2番目の講演として収録されています。

(「ほぼ日」菅野)

2008-07-11
講演をiPodで聞いていると
電車から降りられなくなる?

『吉本隆明の五十度の講演』には、
吉本隆明さんの講演が、まるごと50回分
収録されています。
(実は、ボーナストラックを含めると、52回分です)

「ほぼ日」では、ほとんどのスタッフが、
パソコンやiPodなどの携帯用オーディオプレーヤーに
親しみをもっていますし、
実際によく使用しています。

ですから、『吉本隆明 五十度の講演』を聞くには、
MP3セットを選ぶ人が、けっこう多いのです。

MP3というのは、音声の圧縮フォーマットの一種です。
このデータが入ったDVD-ROMは、
パソコンのDVD-ROMドライブで
読み取ることができます。
読み取り方や、聞き方は、
こちらのページを、ぜひ! ごらんください。
とってもかんたんです。

「ほぼ日」の男性スタッフは、
講演の言葉を聞き逃さないように
ヘッドホンやイヤホンを使って聞く人が多いです。
糸井重里も、そうです。
散歩をしたり、電車で移動中や夜寝る前に、
イヤホンでこの講演集を聞いているそうです。
糸井は先日、電車に乗っているときに
講演に聞き入りすぎて
「電車を降りるの、ちょっとやめようかな」
と思ったほどだそうです。

また、付属のブックレットを目で追いながら
ヘッドホンで講演を聞くのもおすすめです。

私個人的には、通勤中にイヤホンで
再生させることが最も多いのですが、
週末は、ちょっと別の聞き方をしています。
それは、お風呂の中です。
こんなふうな、iPod用の
防水できるスピーカーに入れて
お風呂に浸かりながら聞きます。
ひとりで集中できますし、
湯船の中ではあまりすることがないので、
吉本さんの言葉に誘われて、
いろいろと考えを巡らすのに
合っているような気がします。

さて、昨日、読者の方から
こんなご質問をメールでいただきました!


『吉本隆明 五十度の講演』についての質問です。
CDセットとMP3セットについている
ブックレットの内容は
同じものなのでしょうか。
(春田)


はい、ブックレットは、
CDセットにも、MP3セットにも
同じものがついてきます。
講演を聞くのに
よいサポートができるように、
詳細な内容を、すこしずつ区切って
文字で紹介しています。
A4版変形の大ぶりな紙面で、
総ページ数は192ページ。
ブックレットのほうも、
けっこうすごいボリュームです。

ところで、CDセットには、
MP3データのDVD-ROMも1枚、ついています。
つまりCDセットには、形式を変えて、
同じ音源が2種類同梱されています。
ですから、パソコンやiPodなどには
MP3のDVD-ROMを使って聞き、
CDのほうは、リビングやカーステレオでの
「きまぐれ再生用」にして流す、
というように、使い分けることもできます。

(「ほぼ日」菅野)

2008-07-10
CD&BOOK『吉本隆明の声と言葉。』は
実は盛りだくさんの内容です!

現在予約販売中の『吉本隆明の声と言葉。』の見本が、
「ほぼ日」のスタッフルームに届きました。
「CD&BOOKというけど、中身はどうなってるの?」
という声をいただきましたので、
ここでまるごとご紹介したいと思います!

まず、大きさはこんな感じです。

開いてすぐのところに、CDが入っています。

糸井重里が、吉本隆明さんのたくさんの講演音源から
「ここ、いいよ! 聞いて!」と切り出した音声が
1枚のCDに74分、びっしり入っています。

そのあとに、吉本さんのかんたんなプロフィールと
これまでの歩みがわかる年表が掲載されているんです。

「いまはおじいさんだけど、吉本さんは
 若いときにこんなお顔だったんだ!」
「吉本さんが、買い物カゴをかかえて八百屋さんに!」
「お子さん(よしもとばななさん)に
 本を読んであげている!」
というような貴重な写真が、たくさん入っています。
このあと、吉本さんと糸井重里の
対談ページがつづきます。

対談は、全部で5本。
糸井が吉本さんのご自宅に何度も通い、
お話をかわしてきたなかから、
(いくつかは「親鸞」「日本の子ども」
 といったコンテンツになりましたが)
よりすぐりの対話を掲載しています。
制作スタッフのなかでも
ここに収載された対談は、とても人気なんです。

この対談部分に掲載されている写真は、
すべて現在の吉本隆明さんのご自宅で
撮影したものです。
上の写真の猫も、吉本さんちの猫です。

その後、CDに入っている講演の内容紹介と解説が続きます。

CDの音声をすべて文字にしてありますので、
「聞いただけじゃわからないな」
というときなどは、
「聞きながら読む」という方法がおすすめです。
糸井重里がどうしてここをセレクトしたのか、
それぞれのトラックについて
糸井自身が書き下ろしています。
時間をかけて味わう言葉、
明日からすぐに役立ちそうな内容、
さまざまなジャンルが含まれていて、
糸井重里の「吉本隆明ラベルの宝箱」を
見せてもらったような感じです。

そして、ここからは、オマケです。
なんと、本の最後には

こういう部分があります。
いわゆる「ふくろとじ」です。
このページを切り開くと、何が入っているのでしょう?
それは、吉本さんの講演をまるごと2本分、
無料でダウンロードできる方法が載っているのです。
この『吉本隆明の声と言葉。』のCDには、
吉本さんの講演の「一部分」がたくさん
入っているのですが、
ひとつのテーマでじっくり講演を聞いてみたくなる方が
きっといらっしゃるはず! ということで、
ここにおすすめの講演をふたつ、オマケとして
お聞きいただけるようにしました。

これが『吉本隆明の声と言葉。』の内容です。
盛りだくさんで、
「中身はどうなってるの?」というご質問に
スパッとお答えできなかったかもしれませんが、
とにかく、吉本隆明さんを知ってみたいな、
という方の入門編としておすすめなのです。

そうそう、最後には
吉本隆明さんの「あとがき」が載っています。

いま、あまり物が見えにくい吉本さんが
ペンを持って、直筆の原稿を書いてくださいました。
その字があまりにステキなので、
そのまま印刷してあります。

『吉本隆明の声と言葉。』
『吉本隆明 五十度の講演』について、
ご質問があれば、どうぞ
postman@1101.comまでおよせくださいね。
(「ほぼ日」 菅野)


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN