
第3回
斎藤雅樹の「ひとりだち」
斎藤雅樹の「ひとりだち」
糸井 |
藤田さんの監督時代のこと、 いっぱい、覚えているんですよ。 たとえば、斎藤雅樹という、 今はコーチをやっているピッチャーが 当時、ノミの心臓と言われていて、 すごいチカラを持っていたんだけれど、 だいたい、うしろの方になってくると 急にドキドキしてきちゃって、打たれてた‥‥。 そのときに藤田さんが、8回だったかな、 マウンドに行ってカツを入れて、 ケツたたいたみたいなことがありました。 その瞬間から今の斎藤ができ上がった、 という瞬間が、たしかに、あったんですよ。 あれは、「おまえに任せた」とか、 そういうことを、言ったのですか? |
藤田 |
だいたい、ぼくは、 あの時の斎藤のような、ああいう若い人が 「もうちょいで皮がむけるなぁ」 という時には、無理して投げさせたんです。 「自分でまいた種は自分で刈れ。 人に刈ってもらうなんて思うな」 と言って、帰ってくるんですよ。 |
糸井 |
あぁ‥‥。 そういうことを、言っていたんですか。 |
藤田 |
ええ。 「おまえが このランナーをためたんじゃないか。 自分で全部処理して帰ってこい」と言う。 そしたら、もう一生懸命になっちゃいますね。 それまでは、 「かえられるか、かえられるか‥‥」 と思っていたんでしょう。 でも、かえられるのは、 ピッチャーにとったら、屈辱なんです。 ぼくは自分がピッチャーをしていた時、 監督がかえるためにベンチを出てきたら、 スーッと後ろを向いて、 ショートの方まで逃げていったことがありますよ。 そのぐらい、ものすごく嫌なんです。 侮辱的なことなんです、かえられるというのは。 だから、できるだけ そういうことのないように、 納得づくで、かわるときはかわる。 できれば、力が残っていれば、 それを使い果たしてかわる、という方が 人間にとってすごく先が開けていくから、 そういう方法をとったんですけどね。 |
糸井 |
そう言えば、 めったやたらと完投の多い監督でしたよね。 |
藤田 |
あれはね、年齢的にも力量的にも、 これからどこまで伸びるか わからない連中だったですから。 |
糸井 |
若かったですね、みんな。 |
藤田 |
ええ。 だから、ひとつやふたつ、試合で負けたとしても、 「完投はこういうことなんだというのを 身につけさせてやれば、 今日ひとつ負けたことがもとで、 先に行って、2つも4つも勝てるわい」 と思ったから‥‥。 まぁ、当時、 うしろがいないこともあったんですけど。 ストッパーなんていうのが、 いなかったものですから、だから そういう方法をとっていたんですけれども、 うまいこと、育ってくれたんです。 |
糸井 |
「斎藤のノミの心臓が、ゾウの心臓に変わった」 と、ぼくはスポーツ新聞に書いたことがあります。 あの日の一日で、 驚くほど変わったというように 観客席からは見えていたんですけど、 ほんとにそういうことって、あるんですか? |
藤田 |
あれはね、伏線があるんですよ。 グアムでキャンプをやったときに、 斎藤が首をひねりながら練習しているんですよね。 ぼくはトコトコと行って、 「おまえなぁ、 ノミの心臓だ何だといわれているけど、 ピッチャーは、それが一番必要なんだ。 繊細で用心深くやっていくのが ピッチャーなんだよ。 ノミの心臓でなきゃ、ピッチャーなんかつとまるか」 と言ったんです。 それを、斎藤は、すごく‥‥ 安心したみたいな顔になって聞いてたんです。 「当たり前だ」と言ったんです。 「ピッチャーは、怖がりながら、用心しながら、 そのうえで、内角を攻めていくのがピッチャーだ。 ノミの心がない人はピッチャーに値しない」 そう言ったんですよ。 それが、ひとつのポイントで、 斎藤は、「ずいぶん、気楽になった」とでも いうような顔になりましたから、 あれがよかったかなぁ‥‥と。 その後は、実戦でも、ゲーム中も、 そういう風にほったらかしていましたから、 そのキャンプと実践との、 両方が重なったんじゃないかと思うんです。 |
糸井 |
「ひとりだちした瞬間」という感じですね。 |
藤田 |
そうでした。 |
糸井 |
言葉の効果というのが、効いていますね‥‥。 |
藤田 |
昔みたいに、 背中で引っ張っていくタイプの、 「俺について来い!」 みたいなのでは、足りないんです。 |
糸井 |
あぁ、「足りない」んだ。 |
藤田 |
もちろん、それも必要ですよ。 黙って、ガーッとやって、それに ついてきてくれればいいですけれども、 足りないときは、振り向いて、 「こうだよ」と言ったり、 「これはこっちの道もあるんだよ」 ということも、言わなきゃいけないんですね。 |
糸井 |
分量を、たくさん処方箋したらだめですよね。 足りると足りないとの間、ちょうどいいところで、 「この人にはこんな処方」みたいな、 そういうので、その都度やっていくというか‥‥。 |
藤田 |
そうですね。 |
2015-05-02-SAT
タイトル
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
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