- ──
 - 以前、映画の『おくりびと』のときに、
本木雅弘さんが、
山﨑努さんの台本がすごかった、
書き込みで真っ黒なんですよ‥‥って、
おっしゃってたんです。 
- 山﨑
 - 最近はあんまり書かないんですが、
関係ないことを、ちょこちょこね。 
- ──
 - 関係ないこと、と言うと?
 
- 山﨑
 - うーん、そうですねえ。
たとえば「日なたで昼寝してる」とか、
直接、この台詞を、
こういう意味で言うってことじゃなく、
なんだろう、イメージなのかな。 
- ──
 - イメージ‥‥台詞の。
 
- 山﨑
 - そう、そんな落書きみたいなのばかり、
書いていたんですよ。
空間を文字で汚すのが、好きなんだね。 
- ──
 - ようするに注釈だとか説明書きだとか、
そういう類のものじゃなくて。 
- 山﨑
 - 楽譜のように、どこでクレッシェンドして、
どこでディミヌエンドするとか、
そういうようなものでは、ないんですよね。
絵だったり、図形だったりもするし。 
- ──
 - へえ‥‥。
 
- 山﨑
 - なんかね、退屈するんだね、きっと。
台詞を覚えるために、
台本を読んでね、準備するでしょう。 
- ──
 - ええ。
 
- 山﨑
 - そうすると、台詞を覚えるというのは、
単純に「回数」だから。
ぼくは、わりと入るほうなんだけどね。 
- ──
 - 台詞が。
 
- 山﨑
 - それでも、5回とか10回とか読まないと、
入ってこないでしょ。
そうすると、退屈だから、書くんですよ。 
- ──
 - たしか、台詞を覚えるのに、
ウォークマンで聴いて覚えていたと‥‥。 
- 山﨑
 - そうそう、
『僕らはみんな生きている』って映画で、
1カ月半か2ヶ月くらい‥‥、
とにかく、タイに長期滞在してたんです。 
- ──
 - ええ。
 
- 山﨑
 - でね、ちょうどそのとき、
ぼく、一人芝居をやろうとしてたんです。 
- ──
 - あ、『ダミアン神父』ですかね。
 
- 山﨑
 - そう、あれは1時間半くらい、
たったひとりでしゃべりっぱなしの舞台。
するともう、台詞の量が膨大でね。 
- ──
 - わあ。
 
- 山﨑
 - 帰ったら稽古に入らなきゃいけないし、
一人芝居だから、
相手と合わす必要がないわけだから、
稽古期間も短いし、
台詞どうしよう、困ったなと思ってて。 
- ──
 - タイで映画を撮影しながら。
 
- 山﨑
 - で、中村伸郎さんっていう大先輩がね。
 
- ──
 - はい、『タンポポ』で詐欺師役の。
 
- 山﨑
 - そう、その大先輩の中村伸郎さんが、
テープを聴きながら
台詞を覚えてるって言っていたのを、
思い出して。 
- ──
 - ええ。へぇー‥‥。
 
- 山﨑
 - ああ、そりゃあいいと思って。
それで、テープで覚えるという方法を、
ちょっと試してみたんです。 
- ──
 - なるほど。
 
- 山﨑
 - ホテルからロケ現場までの行き帰りに、
ロケバスの中で、
ずっと台詞のテープを聴いてました。
そのテープは、タイの郊外のホテルで、
吹き込んだんですけどね。 
- ──
 - ご自身で、ですよね。
 
- 山﨑
 - そう、もう棒読みで吹き込んだんだけど、
その背後にね、
となりの部屋の揉め事だとかね、
ジャーッとトイレを流す音だとかね、
メイドさんの声だとか、
鳥のさえずりとか、いろいろ入っていて。 
- ──
 - はい(笑)。
 
- 山﨑
 - それが何だかおもしろくて、楽しくてね。
退屈しなかったんだ。 
- ──
 - そうなんですね(笑)。
 
- 山﨑
 - ロケバスから眺めるタイの郊外の風景も、
昔の日本の田舎みたいなね、
すごくのどかで、なつかしい風景だった。
テープを聴きながらボーンヤリ見ていた、
その風景も、なんかよくてね。 
- ──
 - ええ。
 
- 山﨑
 - それからしばらく何本かそうやって‥‥
「リア」のときにも、
そうやって、台詞を入れたんですよ。 
- ──
 - やっぱり、台詞を覚えるっていうのは、
大変な作業なんですか。 
- 山﨑
 - つらいですね。
 
- ──
 - 山﨑さんの『俳優のノート』を読んでいると、
「どんどん食べて、体重を増やすこと」
というような、ご自身へ宛てたような一文が、
たまに出てくるじゃないですか。 
- 山﨑
 - はい。
 
- ──
 - あの一文が、とっても印象に残っています。
日によっては
「オムライス大、野菜サラダ‥‥第一食」
みたいな、朝の献立が書かれていたり。 
- 山﨑
 - うん。
 
- ──
 - やはり、食べることは基本ですか。
 
- 山﨑
 - 基本ですね。
だいたい舞台というのは体力勝負ですし、
ぼくには芸がありませんから、
もう、へたり込むまで身体を使うんです。
で、汗みどろになって身体を使い切って、
最後は、ぶっ倒れるまでやるんだ。 
- ──
 - 山﨑リア王も、そうやって。
 
- 山﨑
 - うまく引き出しを展開して、
芸を見せるような役者じゃないんですよ。
とにかく動き回って、
身体を使うというタイプだから、ぼくは。 
- ──
 - 公演が終わったあと、
しばらく食べて寝るだけの日々を過ごした、
みたいなことも、何かで読みました。 
- 山﨑
 - 舞台を1本やったら、
3キロから4キロ、体重が落ちるんです。 
- ──
 - それだけ意識して食べていても。
 
- 山﨑
 - うん。とにかく、食わなきゃもたないよ。
だから、稽古に入る前に、
できるかぎり体重を増やしておくわけだ。 
- ──
 - ボクサーが体重を減らしとく、みたいに。
 
- 山﨑
 - 舞台は、体力勝負なんです。
 
- ──
 - その、「ぶっ倒れるまで」身体を使った
『リア王』のときは、山﨑さん、
たしか60歳を越えたくらいでしたよね。 
- 山﨑
 - うん。60。準備と本番で60を跨いでる。
準備していたのが60より前で、
本番が60を過ぎてから‥‥だったから。 

<つづきます>
2018-05-19-SAT



          
