<特別編>心地よさを科学する。
信州大学感性工学科のお話
ここ信州大学(長野県)に誕生しました。
感性工学とは、気持ちよさややわらかさといった
「感性」を科学的に研究すること。
つまり、つきのみせが大事にしている“心地よさ”を
感覚的ではなく、論理的に考える研究です。
watanomamaは、
近藤紡績所さんと信州大学の
産学共同で研究しているもの。
着心地や衣服内の環境などを
感性工学科とともに科学的に検証しました。
同学科出身の平田さんにその研究内容をうかがっていて、
興味を持ったわたしたち。
今回は特別に大学にお邪魔し、
高寺政行教授と金炅屋准教授に
研究内容についてお話をうかがいました。
「感性工学」「繊維工学」を専門に、快適な素材の設計・評価と、衣服設計の個人対応化について研究。「感性工学科(現感性工学コース)」には誕生した25年前から在籍。
金炅屋准教授
高寺教授のもと「感性工学」を学ぶために韓国より来日。テキスタイル・衣服パターン・製作技術の関係から探る美しくて快適な衣服を研究。
「論理×感性」=感性工学
感性工学について近藤紡績所さんにうかがって、
はじめてホームページを拝見したときに、
「論理×感性」というキャッチコピーを拝見して、
「なんておもしろそうなんだろう…!」と思いました。
ありがとうございます。
「感性を科学する学問だ」というのを聞いたのですが、
その説明はあっていますか?
そうですね。大まかにはあっています。
「心の仕組みを知り、心の形を求め、
心のよろこぶモノをつくる」
というのが学部の理念です。
基本的には、人間の「感性」や「感覚」を
何らかの方法で科学的に知って、
ものづくりやサービスに応用していくことを
メインとしている学科です。
つきのみせは「心地よさ」を
大事なキーワードにしているんです。
科学的な側面からその感覚を
紐解ける可能性があると知って、
ワクワクしました!
僕たちも「心地よさ」や「快適さ」は
感性や感覚を知る上で、ひとつの大事な指標です。
たとえば、体が衣服から受ける圧迫力を
「衣服圧」というんですが、
これを数値化したり、比較したりするだけでも、
さまざまな「着心地」を発見することができます。
なるほど。
軽い着心地とか、包まれるような着心地とか、
洋服にもいろんな心地よさがありますもんね。
季節や温度によって、着たいものは変わってきますしね。
そうしたニーズに応えられるように、
感覚を数値化すると見えてくることはたくさんあるんです。
何気なく使っていたんですが、
「感覚」と「感性」というふたつの言葉の
違いってなんなのでしょうか?
なにかに触れたり、刺激を感じると、
人間は脳で演算したり、
あるいは経験と照らし合わせたりして、
その心地がよいか悪いかを判断するわけですね。
論理的でないという意味でも使われますが、
「感覚」は、外界の刺激を感じることをいいます。
刺激は圧迫力のような、物理的に換算できるものですね。
「感性」はもう少し曖昧なもので、
これまでの自身の経験や美しさや好みなども含めて、
脳が演算することを指します。
感性は、ごく個人的なものなんですね。
そういうことですね。
これまでいろんな人に「心地いいもの」を
聞いてきました。
そうすると、個人によって「心地いいと感じるもの」に
違いがあることがわかってきたんです。
それは「感性」が関係するのかもしれませんね。
そうだと思います。
感覚は「さらさら」とか「ざらざら」とか、
誰もが手にとった瞬間感じる、
比較的共通性があるものです。
そこからだんだんと共通性の薄いものになっていくと、
「感性」に近づいていくイメージですね。
「感性」を数値化するのは難しそうですね。
わたしたちも、感覚を数値化することで
感性を推測できないか、研究を重ねています。
計測できうるものをひたすら集めて、
一人ひとりのデータを集めて‥‥。
途方もない、壮大な研究ですね。
ただ、衣類やタオルであれば、
「風合い評価」というものがあります。
そこから個人個人の心地よさを、
おおよそ予測できるようになってきました。
風合い評価?
「風合い」というのはさわり心地に近いもの。
たとえば指でタオルに触れたときに
指に対する刺激を物理的に計測して、
その人の感じる「いい」「悪い」を
数値化するということです。
これは1960年代から研究されています。
そんなに古くから‥‥!
研究が重ねられて、
ある程度予想できるようになりましたが、
たとえば「経験」のような、ごく個人的な部分までは
予測、計測することは難しいですよね。
これまでどんなものに触れて、まとってきたか、
「感性」を測るのは簡単ではないんです。
わたし達も苦労しながら、
インタビューなどを繰り返しています。
「感覚」だけでものは売れない
その「感性」というものは、
心地にどのぐらい関わるものなのでしょうか?
おもしろい事例があります。
2000年前後、日本のアパレルが、
中国にこぞって進出したタイミングがあります。
日本製らしい、質の良いものをそろえて、
満を持して向かったわけです。
しかし、その進出の多くはうまくいきませんでした。
そうなんですか。
中国の方は、日本旅行で「爆買い」されるイメージなので、
日本製がお好きかと思っていました。
今はそうかもしれないですね。
ですが、この話は十年以上も前なので
人々の価値観が違う。
進出がうまくいかなかった一つの要因に、
服に対する「感覚」じゃなくて「感性」、
つまり経験値が日本人とは違うからだと言われています。
服に対する経験値ですか。
その時代、日本は1980年代後半のバブル期を経て、
いろんな服を経験してきました。
ボディコンとかブランドものとか、
派手なイメージがありますね。
いいものも悪いものも、
無意識に、洋服のジャンルを幅広く経験したわけです。
そうしてシックなものやシンプルなデザインに
シフトしていた時期だったんですね。
そんなタイミングで、中国に進出を決めた。
一方で、中国は80年代に思想解放運動があり、
ようやくいろんなものが着られるようになりました。
だから、当時の中国の人々は
デザイン要素がたくさんあるような、
“おしゃれ”を楽しみたい人が多かったんです。
なるほど。
シンプルじゃなくて、おしゃれをしたかったんですね。
国によって流行が存在するように、
求めているものが日本とは違ったわけです。
それは「感性」による違いが、
受け入れられなかったと言われる一例です。
おもしろいですね!
どれだけ上質でも、
「これはいい!」と評価されるわけではないんです。
「感覚」ばかりを追求して「感性」を無視してしまうと、
よろこんでもらえない可能性もあるってことですか。
そういうことですね。
そういった感性はきっと、
ほぼ日さんの中でもお持ちだと思います。
いろんな商品の販売を経験して、
これは読者に好かれる、好かれないということが、
ある程度おわかりになるんじゃないですか?
たしかに、企画や販売を繰り返すうちに、
そういった肌感は養われているかもしれません。
それこそが、経験から得た素晴らしい「感性」で、
むしろ私たちが教えてもらいたいほどです(笑)。
「心地よさ」ってなんだろう?
金准教授の「美しくて快適な服」という
研究テーマもとても気になりました。
快適だけじゃダメ、ということですか?
「着心地がいい 」というのは
形や美意識にも関わることなので、
平均化してしまうと、
消費者のニーズと離れてしまうことがあります。
そこに、美しさやオシャレさというのも、
心地よさに関わってくるということです。
持っていてうれしい、
鏡に映った自分が素敵だとテンションが上がる、
みたいなことってありますもんね。
いくら気持ちがよくても、
かっこ悪いものは身につけたくない気持ちはわかります。
着飾ることは、
気持ちに関わることですからね。
ちなみに高寺先生と金先生にとっての、
「心地よさ」は何だと思いますか?
それは、またむずかしい‥‥(笑)。
ぜひ、聞きたいなと思いまして‥‥。
端的に言えば、
“ニュートラル+アルファ”だと思います。
ニュートラル、プラスアルファ。
たとえば「何か気になる」「違和感がある」というのは、
「心地よさ」としてダメなんですよね。
そういう、引っかかりのないニュートラルなもの
であることが前提だと思います。
けれども、ニュートラルなだけだと楽チンであっても、
「心地いい」まではいかないんじゃないかなあ。
楽なだけじゃ、心地よくはならないということですか?
イメージとして、
身体に負担がないことは「気持ちがいい」けれど、
心地よいかどうかは別だと思います。
「心地よさ」まで求めるなら、
プラスアルファのアイデアが必要でしょうね。
たとえばワンピースを探しているときに、
いくつか試着しても
「悪くないけど、気に入ってはない」
ということが結構あると思うんですね。
それが、気持ちはいいけれど心地はよくない、
という状態に近しいと思います。
おもしろいですね。
たしかに何の変哲もないものだと身体に負担はなくても、
心地よいかどうかは、わからないかもしれません。
なので、「+アルファ」が重要だと思っています。
ただ、この「+アルファ」というのは、
見つけだすのがなかなか難しいんですよ。
インタビューしてみても、
マイナス側の意見はたくさん出るんだけど、
プラス側の評価はあまり出てこない。
みなさん、気づきにくいんですかね?
違和感は、わかりやすいですからね。
そっちに意識がむくんだと思います。
モノを好きになるには、
心地よさがとても大事ではないかと思います。
なので、もっと追求していきたいですね。
心地よい社会にするために。
衣服のほかに、
「感性工学」はどんなところで
活かされているんでしょうか?
車など乗り物や家電品、
最近では都市計画や建築分野で
感性工学を取り入れてらっしゃる
企業さんは多くなりました。
あと、化粧品メーカーさんも研究されてますね。
塗り心地のような感覚的なもの、
色やパッケージなど感性的なものにも。
「たくさんの人に受け入れてもらえるもの」と考えると
途方もない気がしますが、
そのとき礎になり、
ときどきに立ち返ることができるような
研究がなされているというのは、
すごく心強く思いました。
世の中、「我慢するのはよくないことだ」っていう流れに
なってきていますよね。
我々のころは「我慢しなさい」という
風潮でしたけれど、
古臭い価値観になってしまった。
それは、いいことだと思うんです。
ますます「心地よさ」を科学的に追求して、
ものづくりをする場所が求められますね。
そうだと嬉しいです。
もっと、いろいろな分野で活用できると思うんですよね。
たとえば、私は高齢者の分野でも、
取り入れていけるといいなと考えています。
うちのおふくろは、ペットボトルの蓋でさえ
開けられませんから。
高齢者の使い心地を考えた、ペットボトル。
考えたこともなかったです。
新しい商品開発だけでなく、アップデートも含めて、
心地よく我慢のない社会を作っていくベースに
なればいいなと思います。
(つづきます。)