饒舌と沈黙、ひとりと仲間。
3月9日金曜日、午前10時30分すぎ。
集合場所のマクドナルドに4人の男たちが集まってくる。
到着順に永田泰大さん、田中泰延さん、ぼく、
そして少しだけ遅れて浅生鴨さん。
「とりあえず、なんか食べておきますか」
ちょっと照れくさそうにハンバーガーを頬ばり、
なぜかプロ野球解説者の話なんかをはじめる4人。
そもそも集合時間を30分前倒しして、
レンタカー屋さん近くのマクドナルドに集まったのは、
旅の計画について、わずかながらでも話し合うためだった。
でも、ここで旅の計画を話し合ってしまえば、
予定や約束ごとを決めていってしまえば、
ほんとうに旅がはじまってしまう。
いまはまだ、なにかがはじまる前の予感を味わっていたい。
そんなふうに男たちは、ひたすら着地点のない話を続け、
名残惜しそうにハンバーガーを咀嚼する。
「おいおい、けっきょくなんにも決まってないぞ!」
まるでそれが
とびきり愉快な冗談であるかのようにゲラゲラ笑い、
笑いすぎの静寂がテーブルを吹き抜けた瞬間、誰かが言う。
「じゃ、さすがにそろそろ行きますか」
物語風に語るなら、今回の旅はそうしてはじまった。
生粋の大阪人である田中泰延さんは以前、
大阪人の習性について、こんなふうに語っていた。
「みなさん、道にバナナの皮が落ちてたらどうします?
きっと東京の子やったら、よけて歩くでしょ。
大阪の子は違うんです。大阪の子はね、
バナナの皮に、自分から向かっていきよるんですよ。
ずるーっ滑って、ほかの子もずるーっ滑って、
どんだけおもろく滑れるかを競いよるんですよ。
大阪ではね、おもろい子がいちばん偉いんです」
その言葉を地でいくように泰延さんは、
レンタカーの運転手、その先頭バッターを買って出る。
車窓に映る風景をめぐる雑学、
それぞれの土地にまつわる思い出話、
ここではとても書くことのできない、あれやこれやのお話。
運転しながら泰延さんは、延々と語り続ける。
小休憩に立ち寄った茨城県のサービスエリアでは、
われ先にと「納豆ドッグ」なる名物料理を注文する。
バナナの皮を探し、率先して滑りに行く。
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やがて永田さんに運転を代わった青いレンタカーは、
常磐道をぐんぐん北上し、高速を降りて浜通りへと入る。
福島県の沿岸部を、北へ北へとのぼっていく。
景色が開け、生活の気配が消えていく。
ぼくは自分が出発前に予感していたこと、
泰延さんや永田さんも予感していただろうことの正体に、
ようやく気づきはじめる。
車内で交わされることばが徐々に少なくなり、
息を潜めるようにただ、エンジン音に耳を傾けていた。
車は静かに帰宅困難区域を走り、
その道は、なかなか終わってくれない。
ぼくらはずっと、この沈黙を予感していたのだ。
それであんなに最初から、しゃべりまくっていたのだ。
ぼくは、ほとんど口を開けなくなった。
沈黙以外のことばで、
その場を走り抜けることができなかった。
帰宅困難地域を抜けたあと、
最寄りのコンビニエンスストアに立ち寄った。
入口の自動ドアをくぐると、
レジ前のワゴンにたくさんのお線香が積み重ねられていた。
一瞬戸惑いながらも、いま自分がどこにいるのか了解する。
ぼくにとっての3月11日とは、東日本大震災の日だ。
歴史の年表に載るような、忘れてはいけないおおきな日だ。
けれども被災地の方々にとっての3月11日とは、
震災の日であるより先に、たいせつな誰かの命日なのだ。
落ち着いて考えればわかるはずのそんなことも、
ぼくはぜんぜんわかりきれていなかった。
走る、走る。それぞれの思いを乗せて、車は走る。
まだまだ旅は、初日なのだ。
昨年の「さんま寄席」でおじゃました相馬市では、
わが家でも愛用している「ヤマブン醤油」の看板娘、
ヤマブン姉妹さんと再会することができた。
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そしてヤマブン醤油をつかった鮨「江戸一」さんでは、
素敵なご主人によるとびきりおいしいお鮨をいただいた。
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予感があり、気づきがあり、出会いと再会のあった一日。
あきれるくらいにしゃべりまくったぼくたちは、
いま、それぞれの部屋でそれぞれに、
それぞれの思いをひとり、静かに書きつづっている。
ああ、ものを書くということは、
どうしようもなく「ひとり」になるってことなんだな。
そして、大事に過ごす「ひとりの時間」は、
その先で誰かと深くつながるためにあるんだな。
もしかしたらぼくはこの旅で、
書くということについての発見を得られるのかもしれない。
そんな予感をおぼえながら、明日の支度を整える。
歯を磨いて、ぐっすり眠ろう。