石川くん。
枡野浩一による啄木の「マスノ短歌」化。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買い来て
妻としたしむ
 (石川啄木『一握の砂』より)


第1回 石川くんと妻


石川くんは、今はいない人です。
石川くん……、
なんていうと、まるで仲のいい友達みたいだけど、
会ったことは一度もありません。
石川くんは二十代で亡くなりました。
歌手の尾崎豊もたしか同じくらいの年で
亡くなったんじゃないかな。
私は現在三十二歳なので、石川くんよりも年上です。
だから一方的な親しみをこめて
「くん」付けで呼ばせてもらいますね。
   *
石川くんが亡くなったのは大正元年(明治四十五年)。
西暦でいうと一九一二年ですから、
今から八十九年も前のことです。
   *
私は最近、
石川くんのつくった歌をよく口ずさみます。
「歌」といってもメロディのある歌じゃなくて、
五七五七七のリズムを持った
「短歌」……、なんですけど。
なにをかくそう、
私も短歌の本をいくつか出している短歌のプロです。
だけど石川くんの歌のことが
昔から大好きだったというわけではありません。
なのになぜ最近になって急に
彼の歌を口ずさむようになったのか、
それは石川くんの問題というより
私自身の問題なのかもしれません。
結婚して二児のパパになったこととかも
関係あるのでしょうか。
そのへんのことは、
追々ゆっくりお話させてください。
   *
石川くんの歌は、
わかりやすい言葉でつくられているから、
なんとなく読めば、なんとなく意味がわかります。
とはいえ、やっぱり百年近く前に
青春時代を過ごした人だけあって、
ちょっと古めかしい言葉がどうしても混じっていますね。
石川くんの歌は、つくられた当時、
すごく実験的な作風として人々を驚かせたようです。
短歌なのに「当時の普通の言葉」がつかわれていたり、
詩みたいに「三行書き」になっていたりするんですから。
だけど「当時の普通の言葉」は、
九十年たった今は「昔の言葉」です。
もし石川くんが今の時代を生きていたら、
どんな言葉で歌をつくるんだろう?
新しい表現を常にさがしていた石川くんなら、
短歌を横書きにしたくなったかもしれない。
ふと、そんなふうに考えて、
石川くんの歌を
「今の言葉の歌」に変身させてみたくなりました。
  *
短歌は五七五七七。
三十一音の言葉で構成されています。
じつは今の言葉(口語)は、
同じボリュームの
昔の言葉(文語)とくらべると、
情報量が格段に減るのです。
つまり、
文語短歌と口語短歌で
単語の一個一個を対応させると、
「歌の核心」が損なわれてしまう……。
そこで、
時には『ガラスの仮面』のヒロイン・北島マヤみたいに
「石川くんになった私」が、
石川くんの歌を自分の歌にしてしまおう!
そんなふうに、ひらきなおってみることにしました。
石川くんは天国か地獄で、
激怒したり泣きぬれたりしてるかもしれないけど、
死んだ人には口がないんだし、
黙っててもらいます。
文句があるなら、生き返ってみてください。
  *
というわけで、
石川くん、
読者の皆さん、
きょうからしばらくのあいだ、
何卒どうぞよろしくおつきあいください。
私は石川くんに最近興味を持ちはじめたばかりだから、
石川くんのことはこれから詳しくなっていく予定です。
石川くんについて、
ものすごく詳しいという人が万一ここを読んでいたら、
いろいろ彼の噂をおしえていただけると幸いです。
  *
最後に、
きょうの石川くんの歌について、いくつか。
「したしむ(親しむ)」は、
現代語の辞典『新明解国語辞典(第三版)』によると
「その中に溶けこんで楽しむ」という意味らしいですが、
どうせ花を買ったことなんて
単なるきっかけに過ぎなくて、
愛する妻といちゃいちゃしたいだけなんだよね、
わかるよ石川くん。
ちなみに
「いちゃいちゃ」
なんていう言葉、今どきなかなか耳にしないけど、
そこがかえって
ハンガーを「えもんかけ」と呼ぶみたいで新鮮でしょ。
  *
石川くんは初恋の人と結婚したんだって?
それにしても
十四歳か十五歳のころからつきあいだして
そのまま結婚しちゃうって、どういう感じなんだろう。
だいたい十四歳って、犯罪じゃないの?
そのへんのこと、こんど詳しく聞かせて。
  *
ところで石川くんの
この歌からタイトルをとったらしい
『友がみな我よりえらく見える日は』
(幻冬舎アウトロー文庫)
という本を知ってますか。
著者は上原隆。
石川くんなら、きっと面白く読むと思う。
機会があったらぜひ手にとってみてください。
同じ著者がこの本の第二弾も出してるんだけど、
そっちのほうは第一弾ほどは素直に楽しめませんでした。
どうしてなんだろうね?
ちょっと話がそれてきたところで、
きょうはここらへんにします。
じゃあ、またあした。

枡野浩一
http://talk.to/mass-no

2000-05-05-SAT

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