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ヒウおじさんの鳥獣戯話。 さぁ、オトナたち、近くにおいで。 |
第20回![]() 往々にして蛇は人に嫌われる。 蛇蝎のごとくというフレーズがまかりとおるほど嫌われる。 蛇のようにという表現はもっぱら陰湿な例えに用いられる。 なにゆえかように嫌われるのか? 今回はそれを探ってみたい。 蛇は有毒だから嫌われるのだろうか? たしかに世の中には毒をもつ蛇がたくさんいる。 マムシもそうだし、ハブもそうだし、コブラもそうだ。 だが、めったなことでは人は蛇にかまれたりはしない。 蚊に刺された経験のない人などまずいないだろう。 牡蠣にあたった体験を持つ人も少なくないはずだ。 これらに比べて蛇から実害を被った人など極端に少ない。 それなのに人は蚊や牡蠣よりも蛇を嫌う。 蛇にかまれたら命にかかわるから比較にならないって? 冗談を言ってはいけない。 蚊が媒介した伝染病でどれだけ多くの命が失われたことか。 貝毒による食中毒でどれだけの人々が天に召されたことか。 断言するが、蛇にかまれて亡くなった人数の比ではない。 有毒というのは蛇の専売特許でもないのに嫌われている。
蛇は長くて足がないから嫌われるのだろうか? 鰻やミミズやサナダムシもこの点では同類だ。 たしかにこれらの生き物を嫌う人も多い。 だからといって鰻を見て飛び上がる人はいないし、 ミミズにくわしたからといって後じさりはしない。 なかには美容のためにサナダムシをお腹で飼う人さえいる。 長くて足がない同類中でも蛇が最も邪険に扱われている。 では、蛇は鱗があるから嫌われるのだろうか? 鯉や亀やセンザンコウもこの特徴を持つ仲間だ。 なるほどこれらの生き物が誰にも好かれるとはいいがたい。 だが鯉を嫌うのは鱗のせいではなく顔つきのせいだろうし、 亀を嫌いな人は鱗よりも臭いのほうが気になるに違いない。 怒らすと怖いセンザンコウにいたっては鱗は漢方薬なのだ。 鱗を持つ仲間の中でも蛇の境遇はことさらに惨めだ。
蛇は脱皮するから嫌われるのだろうか? 脱皮ならばザリガニや一人前の社会人だってする。 蛇はえさを丸呑みにするから嫌われるのだろうか? 丸呑みならばペリカンや総入れ歯の老婆だってする。 蛇の目はいつも虚ろだから嫌われるのだろうか? 目が虚ろなのは動物園のダチョウや酔払った親父も一緒だ。 蛇はぺろぺろと舌を出すから嫌われるのだろうか? 舌を出すのなら不二家のペコちゃんだって得意技だ。 蛇はとぐろを巻くから嫌われるのだろうか? とぐろを巻くのはコンビニの前の若者のほうがうまい。 蛇はぬめぬめするから嫌われるのだろうか? ぬめぬめというなら太った汗かき男だって負けていない。 っていうか、蛇は実際にはぬめぬめなんてしていないし。 生態面からは特に蛇だけが嫌われる理由は見あたらない。 だとしたら、蛇が嫌われるのは文化的側面からなのか? 聖書の創世記では、蛇に重要な役どころが振られている。 エデンの園で人間に禁断の果実をすすめる誘惑者なのだ。 人類はこのときから原罪を背負ってしまったらしい。 これなら蛇に嫌悪感を覚えるのももっともかもしれない。 だが、待て。 それならなぜキリスト教にうとい日本人が蛇を嫌うのか。 わが国の神話で蛇といえばヤマタノオロチだろう。 悪さばかり働くのでスサノオに退治された大蛇である。 こいつなどは悪者の代表のように描かれているので、 無意識に蛇を毛嫌いしてしまうのかもしれない。 いやいや、待て。 『古事記』も『日本書紀』も読んだことのない現代人が 記紀神話にインスパイアされるとは思えないではないか。
実をいえば世界中で蛇は神様として祀られている。 脱皮するさまが豊かな生命力を象徴していたり、 男根とダブって旺盛な精力をイメージさせたり、 古来、蛇は霊力の強い生物として崇められてきたのだ。 ことに日本人は蛇の形を川の流れになぞらえ、 農耕に欠かせない水の神として奉ってきた。 さらに蛇の皮は金運を招くと伝えられ、 蛇皮の財布やぬけ殻そのものが珍重された。 山口は岩国のアルビノのアオダイショウは 神聖な生き物として天然記念物になる前から、 地元のかたがたから大切にされてきた。 要するに、文化的な背景を探ってみても、 どこにも蛇が嫌われる理由などない。 蛇が嫌われるのに理屈など存在しないのだ。 蛇が嫌われるのはひとえに生理的な拒否反応による。 我慢できない音を鼓膜がとらえたときと同じ反応だ。 とりわけおばさんはある種の音に激しい拒否感を示す。 それは、メビメタ。 ヘビがロックバンドを組んでいるわけでもないのだが。
イラストレーション:石井聖岳 illustration © 2003 -2006 Kiyotaka Ishii 【鳥飼さんの本】
【石井さんの本】
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2006-09-14-THU
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