掛園 |
みるみるうちに、津波は来ました。
それはそれは、ものすごい激流でした。
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糸井 |
はい。
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掛園 |
港ですから
カツオを入れる大きな青いケースがあって
それが大量に流されてくる。
防潮堤あたりに繋留してあった
マグロ船やサルベージ船も流されてくるし、
どこからでしょう、
大きなカーフェリーも流されてきた。
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糸井 |
それは、見たことのない光景ですよね。
船が「流される」って。
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掛園 |
はい、信じられませんでした、すべてが。 |
糸井 |
そうですよね‥‥。
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掛園 |
ぜんぶで21基あった「重油タンク」のうち、
20基が流されてしまった。
直径十数メートルはある大きなタンクが、
目の前を流れていくんです。
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糸井 |
掛園さんは、たまたま登った魚市場の上から
その一部始終を見ていたんですね。
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掛園 |
はい。
わたしの目の前で
小さな漁船が津波のなかから脱出しようとして
ものすごい傾斜の波を
乗り越えようとしていたんです。
大波に対してパワーが足りないから
もう少しで乗り越えられる‥‥というときに
船がくるっと反転して
ひっくり返りそうになりながら、
さーっと波の斜面を下っていったりしている。
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糸井 |
うわー‥‥。
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掛園 |
波を越えようとしてるのはわかるんですけど、
なんであんなことになってるんだ?
わたし、どうしても、その船頭さんに
話を聞きたくなっちゃったんです。
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糸井 |
ほう。
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掛園 |
で、後日、探しあてたんです。
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糸井 |
‥‥新聞記者、ですね。
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掛園 |
で、お聞きしたら
やっぱり船の力がまったくなくなってた、と。
船のエンジンというのは
海水で冷やしながら動かすんですけど、
そのときは、
フィルターにゴミがつまって、
エンジンが
オーバーヒートしてしまったんだそうです。
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糸井 |
はー‥‥なるほど。
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掛園 |
だから、なんとか船を動かそうとして
甲板に出て、
「ふつうなら絶対やっちゃいけないこと」
らしいんですが、
フィルターのゴミを取り除いて
それで、ようやく脱出できたんですって。
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糸井 |
その状況で「甲板」って‥‥恐ろしいです。
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掛園 |
でも、ようやく津波から脱出しても
今度は、いろんなものが
船のほうに向かって流れてくるんです。
で、ぶつかると船が傷ついてしまう。
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糸井 |
ええ、ええ。
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掛園 |
そこで、どうしたかというと‥‥。
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糸井 |
はい。
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掛園 |
大きな「家の屋根」が流れてきたので、
それを船の舳先につけ、
それでいろんなものを押しのけながら
湾外に出ていったらしい。
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糸井 |
‥‥信じられないですね。
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掛園 |
途中、「助けて!」という声が聞こえたので
見ると
家の屋根の上で女性が助けを求めている。
で、その人を救助したりとか‥‥。
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糸井 |
とにかく、はるかに想像を超えますよね、
いろんな話が。
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掛園 |
船頭さんは
「オレはもう、ここで終わりだ」と
何度も思ったそうです。
ものすごい低気圧の「大しけ」に見舞われて
命からがら帰ってきたことも、
僚船が沈没して仲間が死んだりということも
経験してる船頭さんなんです。
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糸井 |
はー‥‥。
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掛園 |
で、そんななかを生還してきたもんですから、
みんなが英雄視するわけです。
よくやった、よく帰ってきた‥‥と。
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糸井 |
ええ、そうでしょう。
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掛園 |
ところが彼は「後悔」してるんです。
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糸井 |
え‥‥?
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掛園 |
あんなことするんじゃなかった、と。
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糸井 |
あんなこと‥‥というのは
小さな船で
津波の外に逃げようとしたことですか?
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掛園 |
そう、
家族と一緒に、高台へ避難すべきだったと。
つまり、自分たちが無事だったことが
信じられないんです。
船の仲間も危険にさらしてしまったし。
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糸井 |
重い言葉ですね。
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掛園 |
津波に揉まれている間じゅう
何度も「死」を覚悟されたんだと思います。
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糸井 |
‥‥はい。
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掛園 |
さっき「生きててよかった」が
震災後のあいさつだったって言いましたけど、
友人、知人、肉親が
行方不明だという人に会って話をすると、
やっぱりね、
我に返るというか‥‥しゅんとなってしまう。
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糸井 |
「生きててよかった」という人も
みんな被災者だし
「わたしはよかった」なんて考えられる人は、
ひとりもいないんですよね。
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掛園 |
これまでだったら、そうですね‥‥
宗教の敬虔な信者なんかが
使う言葉だみたいに思っていたんですけど、
ふつうに言うんですよ、みんな。
「わたしは、生かされている」って。
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糸井 |
震災が変えたんですね。
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掛園 |
ちょっと何かがちがったら、
ちょっと別の場所にいたら、
「いま、わたしはここにいない」という意識が
どこかにあるんですね、みなさん。
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糸井 |
あの‥‥「津波てんでんこ」っていう言葉。
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掛園 |
はい。
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糸井 |
「津波が来たときは、
他人のことも大事なんだけれど
まずはとにかく
自分の命を自分で守れ」
というような意味じゃないですか。
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掛園 |
ええ。
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糸井 |
あの言葉って、津波から助かったあと、
肉親や仲間を亡くした人に
「その教えに従ったから、正しいんだ」
と思わせる意味で
「生きている人を、助ける言葉なんだ」
と聞いたことがあります。
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掛園 |
なるほど‥‥なるほど。
やっぱり
「うしろめたい」とか
「申し訳ない」という気持ちは
生き残った人なら
誰でも持ってしまいますからね。
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糸井 |
そのための知恵、なんですって。
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掛園 |
津波のときは、てんでんこ。
津波が来たら
まずは自分の命を守るために行動しなさいと、
避難訓練でも教えられるんです。
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糸井 |
ええ。
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掛園 |
でもやっぱり‥‥複雑ですよね。
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糸井 |
もちろん、そう思います。
助けられなかったということの悔しさは
忘れられるわけじゃないし。
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掛園 |
はい。
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糸井 |
でも、「津波てんでんこ」というのは
そういう言葉なんだと、
ぼくは憶えておきたいなと思ったんです。
助けられなかった、というところで
「こころをストップさせておく」のは、
とっても大変なことですから。
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掛園 |
そうですね‥‥本当に。 |
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<つづきます> |