糸井 |
だから、むかし自分が書いた言葉を
「いいじゃん!」って言えますよね。
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谷川 |
けっこう言えちゃいます。
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糸井 |
ぼくなんかがそれを言うと
みんな笑うんですよ。
だけど、笑われてもぼくは言い続ける。
なぜかというと、その言葉は
ぼくのものじゃないからです。
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谷川 |
絶対そうですね。
でも、だいたいの詩人はみんな
詩を私有してる気持ちでいます。
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糸井 |
ああ、そうなんですか。
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谷川 |
ぼくはそれ、
ちょっと引っかかってるんですよね。
詩人がいちど書いた以上は、
共有物になってると思うんですが。
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糸井 |
たぶんそうなんでしょうけれども、
身過ぎ世過ぎのためにそうなのかな。
社会的な意味としては、
著作権というものは必要です。
だけど自分の中では、
「俺がつくったものを、俺も享受する」
そんな気持ち。
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谷川 |
ほんと、そう。
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糸井 |
ぼくがつまんないギャグを言ったときは
その場にいる人にすぐあげるよ、
ぐらいのことを言いたいのです(笑)。
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谷川 |
だけど、言葉が
自分の私有ではないと
考えてる人は少ないですよ。
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糸井 |
どうもそうなんですね。
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谷川 |
ぼくはよく、赤ん坊の頃のことを
思い出したほうがいいんじゃないか
って思うんだけど。
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糸井 |
というと。
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谷川 |
「おぎゃーっ」と産まれてきたときには、
まわりは全部、他人の言葉ですよね。
お母さんでもお父さんでも、誰でもね。
赤ちゃんは、人の言葉を聞いて、
だんだん覚えていく。
つまりはじめは、
言葉は完全に他人のものだった。
では、いつ、自分のものになるんだろう。
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糸井 |
うん、うん。
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谷川 |
それを自分のものにしていくことが、
人間が成長していく過程だと
ぼくは思っています。
自分のものになったと思いすぎると、
「これはもう自己表現である」
「わたしのものである」
「著作権はわたしにある」
みたいになっちゃう。
最初の、言葉が他人から来たものだってことを
ちゃんと確認しとかないと、
へんにまちがうと思います。
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糸井 |
やっぱり、なんでもそうだけど‥‥
もらったものだらけだ、
ということなんですよね。
インターネットの時代になってから
やりづらくなったのは、
もらったどころか、昨日見たものを、
自分の言葉としてしゃべってるということが
あるからじゃないでしょうか。
そういう危機感がぼくにはあります。
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谷川 |
うんうん、なるほど。
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糸井 |
ある人の発言について
「ああ、それだったらもう、
どこかで言ってましたね」
「知ってます」
と返す、なんだか秘密のない世界。
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谷川 |
人間というのは、
もう何千年もずっと
言語を使ってきてるわけだから、
そんなことはあたりまえなんですよ。
ほら、吉本(隆明)さんが言ってた、
「ほんとに大事なことは、
とっくに書かれてる」
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糸井 |
はい、書き終わってる、
4世紀までに終わってる、って
おっしゃってました。
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谷川 |
ほんとにそうだろうと思うもんね。
あとはみんな、
その時代に則したやり方で、
言い替えてるってだけ。
そういうふうに考えると、
言語は、言語を超えたものを
めざしてるんじゃないかと
どうしても思います。
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糸井 |
はい、思います。
今日、ここ(鳥取)にやってくる飛行機の中で、
ぼくの近くの席に赤ん坊がいました。
最初はわんわん泣いてました。
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谷川 |
うん、泣いてたね。
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糸井 |
ずっと泣いてたんだけど、
飛行機から降りるときには、
泣き声に抑揚が複雑についてて、
「わんわん、うえーわーん」って、やってた。
そうか、このくらいいろんなバリエーションで
泣き声を変えて
言葉の練習してんだな、と思いましたよ。
犬はそんなことしないですからね。
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谷川 |
犬はしない?
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糸井 |
しないです。
毎日、夜の10時半になると
ぼくにしゃべりかけたりはするんですけど、
あの赤ん坊みたいに
「プロセスだ」って気はしないです。
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谷川 |
ふうむ、そうか。
(つづきます) |