ずっしりとした質感の直方体のケーキは、
ふんわりと盛り上がった表面に
薄く糖衣がかかっています。
そこに、和菓子の抜き型を使って
「菊の花」と「菊の葉」をあらわした
八朔の皮のコンフィ(砂糖漬け)が。
柑橘の香りがただようケーキを
ちょっと厚めにカットすると、
断面にも、こまかく刻んだ八朔のコンフィがのぞきます。
バターと白あん、微粉末にした豆入り番茶を練り込み、
しっとりと焼き上げた生地は口の中でほろほろと崩れ、
くっきりとした甘さと八朔の香りと苦みの奥から、
ほんのり、福井ならではの
豆入り番茶の香ばしさがただよいます。

昆布屋孫兵衛の「八朔のパウンドケーキ」は、
昆布智成さんの新作和洋菓子。
このケーキが出来上がるまでのことを、
智成さんにたずねました。
「昆布屋孫兵衛は和と洋の境界線のない
菓子作りをしていますから、
洋菓子由来のパウンドケーキにも、
和の風味と雰囲気を出そうと思ったんです。
そこで糖衣の上に、
菊の花びらと菊の葉っぱを模した飾りを仕立てました」
三角や棒状に刻んだコンフィを飾る焼き菓子は
洋菓子のスタイルとしてはおなじみですけれど、
たしかに菊の形は見たことがありません。
「これ、父(和菓子職人の孫兵衛さん)のアイデアで、
和菓子の『抜き型』を使っているんです」

和菓子は四季‥‥どころか、二十四節気、
七十二候をあらわし、
茶道の上生菓子では三百六十五日のうつろいを表現する、
といわれます。
だから使う道具にも、
季節を演出するものがたくさんあるのだそう。
「菜の花では終わりかけですし、
桜は塩漬けにして使うことがあるので、
見た目からその味の印象が出てしまいます。
このパウンドケーキは八朔を使っていることもあり
黄色い印象があるので、菊を選びました」
そして雪のようにうすくかかる糖衣は、
ふつう、レモン果汁と粉糖を使ってつくるところですが、
このケーキでは、コンフィづくりで残った
八朔風味のシロップを活用しています。
「コンフィづくりが、
今回のお菓子でいちばん手間がかかった仕事でした」
と智成さんはいいます。
「まず実を外し、皮だけを湯がく作業を数回。
湯がき、お湯を捨て、また湯がき、捨て、と、
3~4回繰り返して、よぶんな成分を除き、
皮を柔らかくさせてシロップ漬けにするのですが、
いきなり高糖度のシロップに漬けると、
八朔の皮が硬くなってしまいます。
なので最初は低糖度のシロップから始め、
徐々に糖度を上げていき、
10日ほどかけて理想の甘さのコンフィをつくるんです」
残った「実」の部分は別のお菓子に使うんでしょうか。
「それが、残らないんですよ。
なぜかというと、父と母の好物だから(笑)。
むしろ発想の原点は、両親が食べおえた八朔の皮を見て、
コンフィになるんじゃないかと考えたことでした。
なので、八朔のシーズンが始まったとき、
両親に皮だけ冷凍して取っておいてもらい、
ある程度の量が貯まってから、一気に仕込みました。
冷凍すると皮の繊維が壊れて、
シロップが染み込みやすくなるんですよ」
ちなみにフランス菓子の「コンフィ」は、
和菓子の「蜜漬け」と原理から手法まで同じ。
シロップ(和菓子では「蜜」)に少しずつ砂糖を足し、
徐々に糖度を上げながら漬け込んでいくことで、
素材のもつ水分とシロップを交換する、
というイメージだそうです。
和菓子でも、たとえば栗羊羹に使う甘い蜜栗は、
コンフィと同じ製法なんですって。
「そして、その最後のシロップの
行き場がないところも似ているんです」
八朔も栗も、蜜がしみた素材が必要なので、
漬けたシロップは使いみちがないことがほとんど。
でも、八朔のコンフィならば八朔のエキスが出ているので、
それ自体が、とてもおいしいんです。
これを活用できないかと考えた智成さんは、
使い方を考えました。
それがまず、「糖衣」。

「シロップに、さらに砂糖を加えて溶かし、
常温で結晶化するまで濃度を高めて、
ケーキにかけ、糖衣にしようと考えたんです」
これが大成功。八朔の香りのするうすごろもが、
パウンドケーキのよい個性になりました。
ところが、それでもシロップは余ります。
「そこで、パウンドケーキが焼き上がったときに、
熱いうちに、そのシロップを打ちこむことにしました。
全体的に、生地にしみ込ませたんです」
なるほど! だからこの生地、
こんなにしっとりしているのですね。
でも、しっとりの理由はもうひとつ。
それは、孫兵衛さんのつくる白あんです。
「パウンドケーキにはたっぷりのバターを使うんですが、
そのバターに対して3分の1ぐらいの
多めの白あんを練り込んでいます。
白あんには水分があるので、
ケーキ全体を保湿してくれる。
打ち込んだシロップと白あんのおかげで、
ちょっと日が経ってもパサパサしない
パウンドケーキになりました」
和の味の工夫は、白あんだけではありません。
「豆入り番茶」というお茶を微粉末にして
生地の中に練り込んでいることです。
これは「後味」をさっぱりとさせることにもなりました。

「豆入り番茶は福井のローカルな食材で、
お客さまに出す用のお茶ではなく、
おうちで飲む用のカジュアルな番茶です。
福井は雪国なので湿度が高いんですね。
なので茶葉を乾かすのに煎り大豆を一緒に入れる。
そうすると茶葉が乾燥した状態を保てるのと、
お茶にほんのり煎り大豆の香りが移るんです。
今回、使う茶葉の候補として、
紅茶、ジャスミン茶も考えたのですが、
福井らしさを意識して豆入り番茶を採用しました。
私たちがふだん飲んでいるのと同じ豆入り番茶を、
お店で大豆ごと微粉末にして生地の中に練り込んでます。
福井の人間にとっては懐かしい香りですが、
みなさんには新鮮に感じていただけたら嬉しいです」
智成さん、ほかに「かくし味」はありますか。
「今回、スパイス類は使っていないんですけれど、
奥行きを出すため、八朔に加えて、
ベルガモット果汁をほんの少し入れています。
おそらく気づくかたはいらっしゃらないと思いますけれど」
昆布屋孫兵衛のお菓子の特徴である
「くっきりとした甘さ」も健在。
「最近の(世の中の)流れとして、
お菓子に使うお砂糖を減らしていく傾向があるんですけど、
そうすると、お菓子の味の輪郭が
ぼやけていってしまうんですね。
素材の味がしなくなってくる。
そうすると、何を食べているのか分からなくなる」
昆布屋孫兵衛のお菓子って、
たしかに「輪郭」がくっきりしています。
それは、甘くないお菓子をたっぷり、ではなく、
うんとおいしいものをほんの少し、という、
智成さんのゆるがない姿勢によるものなのでした。
おすすめの食べ方は──。
「薄いと崩れてしまうかもしれませんので、
1.5センチ、ちょっと大きく食べたかったら
2センチぐらいに切ってください。
飲みものは、今回はコーヒーというよりも、
緑茶、ほうじ茶、紅茶などが合う気がします」
とのことでした。
3月24日(火)11時よりほぼ日ストアで販売します。
(昆布屋孫兵衛での店頭販売はありません)

2026-03-19 THU