コトはロサンゼルスで起こります。
2週間ほどにわたる小さなイベントの前準備と
時差調節を兼ね、一泊だけちょっと贅沢をしてやろう。
そう思って予約がとれぬことで有名な
街を代表する老舗ホテルに、
たまたま一部屋空きがあることを知り、
予約を入れてウキウキしながら旅に出た。
目的地にてボクを待つフカフカのベッドのコトに
思いを馳せれば、長距離フライトの窮屈なシートも、
移民局員の仏頂面も夏休みの前の期末試験のようなモノ。
我慢できます。
飛行場からタクシー飛ばし、ホテルにつきます。
フロントでチェックインの作業の最中。
「ビジネスカードをお持ちでしたら、
後ほど私が宿泊台帳に記入をさせていただきますが‥‥」と、
スタッフが言う。
なるほど、さすが気がきいてるねぇ、と名刺を一枚。
それをみて彼がいいます。
「旅行代理店を経営されてらっしゃるんですネ」って。
ああ、やっちゃった。
本当の名刺の代わりに使っちゃいけない
偽モノ名刺を手渡しちゃった。
ボクのあたふたに彼はニッコリ笑いながら、
初めて聞く名前ですが大きな会社なんですか?
と言う。
もう観念するしかないでしょう。
「ボクひとりでやってるんです」
それは大変ですね。
どんなお客様がいらっしゃるんですか?
まるで困るボクをからかうように、彼は続ける。
とっさに言います。
「今のところボクしかお客様はいないんです!」
すばらしい。
ご自分専用の旅行代理店の経営者なんて、
なんてステキなゲストなんでしょう‥‥、
ってそういいながら彼はカウンターの中から出てきて
右手を差しだし、握手を求める。
数分後、ボクはそのホテルのラウンジの
一番奥の椅子に座って、
ホテルの支配人とコーヒーを飲む人となっていました。
実はその彼。
ボクが偽モノ名刺を手渡したその彼こそが、
支配人であった訳です。
偶然でした。
旅が好きなこと。
ホテルという場所が持っている独特の空気感が
たまらなく好きであること。
不思議なほどに話はつきず、
しかも互いに好きなホテルの傾向が似ていることに
たのしくなって、ますます会話が弾んでく。
コーヒーを二回ほどもお代わりしましたか‥‥。
支配人が突然、声のトーンを落として言います。
ペントハウススイートに
泊まってみる気はないか? ‥‥と。
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