
![]()
仁鶴さんは司会者のイメージが強いのですが、
落語家でいらっしゃったんですね。
まあ、お名前からしてそうなんですが。
![]()

そうだよ。
この仁鶴さんの落語のテープ、女の人の
「キャー」という声が入ってるんです。
ビートルズみたいに「キャー」って言われてるんですよ。
落語で、「キャー」ですよ?
![]()

でも、このテープのお写真を見ると
もうお年をとっていらっしゃるように
見えるんですが、それでも「キャー」ですか。
![]()
このときはもう30代後半なんじゃないかな。
それでも、ものすごい「キャー」ですよ。
![]()
動画では、
みうらさんがものすごい勢いで
仁鶴さんの偉大さを描写してくださっています。
![]()
当時、関西のお笑い界は、
「仁鶴、(桂)三枝、(月亭)可朝の3大巨頭」
と言われていましたが、
仁鶴さんのフェロモンは、とにかくすごかった。
フェロモン的に言うと
仁鶴、(松本)清張、(チャールズ)ブロンソン、
と言っても過言ではないでしょう。
![]()
3人ともご職業が
一気にバラバラになりましたが‥‥。
![]()
もうね、苦労人なんですよ。
仁鶴さんは、当時としては
お年を取られてからデビューされているんです。
仁鶴さんの、それまでやってこられたことの
すべてがお噺に活きている。
すごいです。
ほんとにふるえるくらいの
大スターです。
![]()
「お笑い」が「スター」になった
はじめての人、笑福亭仁鶴。
万博のパビリオンがぜんぶ集まっても
仁鶴さんの人気にはかなわなかった。
一世を風靡するスターは、
スターになりうる理由があったのです。
みうらさんの9つめの恩返しでした。

大阪万博より人気のある男、笑福亭仁鶴。
「どんなんかなぁ」「うれしかるかる〜」
「ヘモグロビン」「大発見やあー!」など、
仁鶴さんの言葉は大流行した。