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クマちゃんからの便り |
水ようかんの景色 大成建設の甲府事務所。 オブジェの設置についての打ち合わせ。 構造設計から、 「二〇トンもあるオブジェだから、 石の中に四本穴をつっ通し 床から立ち上げたボルトナットで締めてください」 という。 手間がかってしまうけど、 古代人のように十八個のパーツを一個ずつ仕上げて、 運び込んだ現場で穴を開け一個ずつ 全体に組み上げてはどうかと提案。 「それなら大丈夫です」 東京からきた忙しそうな設計事務所員は 安心して帰っていった。 「大丈夫。このオブジェに関しては わたしが責任を持って協力しますから、 安心して制作してください」 酒を呑むときだけではなく、 玉村所長はゲージツにも心強い。 単身赴任の彼は 「月に何回か東京に風になって帰るんです」 自慢の愛車ハーレーを見せてくれた。 跨ってみただけで、仔牛ほどあるデカイバイクに、 泳げないし、車の運転も出来ないオレは 風になるどころか冷や汗を流した。 ![]() 蒸し暑い甲府の町より 甲斐駒の麓はさすがに四、五度は低い。 それでも梅雨に戻ったFACTORYで 少しでも動けば汗が噴き出す。 夕暮れになって開け放った窓から、 このところの湿気で元気になった蚊や蛾が入ってくる。 マ、夏は暑いのだ。奈良はもっと暑いに違いない。 <燈花会>のロケハンで、 竹を編んで作る巨大な<ヒカリ繭>の皮膜が 和紙ではつまらなく思いはじめ、 「和紙がダメなら布だなぁ…」 と変更を呟いたときに眼が合ったのが、 蚊帳屋の二代目社長モスキー・ムラタだった。 「強力な香取剤や密閉サッシ窓の御陰で すっかり売れなくて…」 としきりに愚痴る彼に、 「ゼニはオレもない。ボロでイイから分けてくれよ」 と励ました。二〇〇〇〇本の灯に 巨大な<ヒカリ繭>を出現させるのだ。 モスキーは帰りに麻とレーヨン混紡の サンプル生地を持たせてくれた。 さすがいにしえの都人の末裔である。 持ち帰った生地を重ねては、 灯したロウソクで表面積一〇〇平米の <ヒカリ繭>を夢想していた。 闇の中に止むことのない風を透かし揺らぐ灯で 竹のシルエットを見せるのだが、 太陽の下では浅黄色の皮膜は、中が見えてはならない。 だから麻を四層に重ねようとすると、 うっかり出来ない量になるが仕方ない。 しかも恐ろしいことにオレは、 この<ヒカリ繭>を 東大寺の裏山に二基も灯そうと思いはじめていた。 来週、モスキーに電話しなきゃなぁ。 ≪闇に灯した裸火に己の往き先を見るのである≫。 FACTORYにうずくまり、 独り防水加工のコトや灯の仕組みを試していると、 宅急便屋が包みを差し出した。 大きいわりに軽いぞ。 <新品です。これも使ってください> と添えたモスキー・ムラタからの濃い緑の蚊帳である。 自分の部屋に吊ってみた。 小さなひと坪ほどで、 普段は思い出すこともなかったガキの頃、 故郷の北海道の夏に家族で入った蚊帳の色である。 ムカシ親父の言いつけ通り、 裾をパタパタやって素早くなかに入ると、 透けて見える見慣れた部屋が 遠い過去の懐かしい部品に見え、 オレがまるで水底にいるような気分になった。 セルフタイマーをセットして、蚊帳に飛び込んだ。 デジカメの液晶に、 水ようかんに沈んだようなオレがいた。 紗のかかった電灯を見上げると 懐かしい遠い先のヒカリに見えた。 ![]() |
クマさんへの激励や感想などを、
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2004-06-30-WED
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