![]() |
クマちゃんからの便り |
独り遊び 牟礼の石切場には、 切り出した大小の庵治石がゴロゴロしている。 大きいのは二〇立米はある。 オレはその石によじ登り横たわって、 梅雨の隙間に晴れわたり まだいくらか水分を含んでいるような空を眺めていた。 見るともなくただ空の彼方を見ている眼の端の、 切り立った庵治石の絶壁が 今にもオレにのしかかってくるようだったし、 オレは蒼に吸い上げられてしまいそうな 気分になっていた。 ![]() ![]() 視線は平行になっていたはずだ。 嗅覚もなく片方の聴覚も失い、 ボンヤリしていることが多かった ガキの頃覚えた独り遊びである。 交わることのない平行線にした 視線の焦点は合わなくなる。 額の真ん中がムズムズッとして、 少し恐ろしいような不思議な気分に襲われ、 たちまち、その場から いなくなってしまうような感覚である。 この瞬間が危ないけど好きで ときどき、裏山の茂みに寝転がっては 独り秘密遊戯に耽ったものだ。 身体の裏側で、お天道さんの熱で温まっていた 石の温度を感じていた。 少し熱く感じていたが すぐに皮膚と石の表面温度が馴染んで、 二〇立米の石にオレが同化したころ、 あっさりと、垂直な眼線の端に 絶壁と繋がっている蒼い空とさえ繋がっていた。 しばらく忘れていた独り遊びの感覚が甦っていたのだ。 奈良の夜に巨大に膨らむ<ヒカリ繭>や、 二〇トンのトラバーチンに宿したヒカリさえが、 自在に現れてくるじゃないか。 オレは今はじまったばかりのヒカリに遊んでいた。 するとどうしたことか、今まで感じたコトのない 匂いみたいな明快なモノが、額の真ん中あたりに感じた。 嗅覚のないオレにはコトバには出来ないのだが、 確かな感覚だった。 あれはヒカリの匂いだったのかもしれない。 「そろそろ、シゴトに戻りましょうか」 手持ち無沙汰に掛けてきた片腕・石工のヨシの声に、 生還したオレは石から飛び降りた。 足元に一本だけ咲いていたオニユリに気づいた。 よく見ると脱皮したばかりのカマキリの仔が 一匹とまっていた。 オレはまた西山石材のシゴト場に戻った。 ![]() |
クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。
2004-0615-TUE
![]() 戻る |