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クマちゃんからの便り |
バカのチカラ
今日も税関からイイ連絡無し。 役人どもには土、日は最大の逃げ道なのか。 明日金曜日にミラノ税関を出なけりゃ 全て月曜以降ということだ。 下手すればリド島到着はオープニングの27日になり、 当日になってボルトアップということになってしまう。 泣く子と地頭どころか木っ端役人には敵わないが、 思わぬ身近に現れる味方を獲得することも 異国に越えていくコトの大切なところだ。 唐十郎氏やその劇団に関わって 美術を担当していたオレのことまで 年代順に覚えているほどのアングラ・フリークの CINZIA嬢が、 一夜のうちにオレの心強い味方だったとは。 以前イタリア商工会議所に務めていた彼女が、 オレがチャーターした運送会社の社長を偶然知っていて、 今回の顛末を直談判してくれたのだ。 なんとかなるだろう。 こんな時の絶望やあがきだけは禁物だが、 それにしてもオレもすっかり大人になったものだ。 といいながら六十は過ぎてしまったか。 ![]() TSUCHY達が硝子のワークショップ学校は リド島から目と鼻の先のサンセルボロ島にあるのだが、 水上バスで一旦サンマルコまで出て 小さな舟に乗り換えなくてはならない、 つい二十年ほど前まで 精神病患者を隔離収容していた島だ。 その政策を改め患者を家族に返し、 州立の施設を建て直し マエストロ養成学校にしたという。 しかし一人だけいつまで待っても 家族が誰も迎えに来ないまま、 学校は始まってしまったが、 彼は今までと同じように島中を徘徊しながら 自由に糞をぶちまけていたが、 つい二年前に死んだらしい。 ![]() ![]() その話を訊いたオレも島中徘徊しながら、 当時の欠片を探したが 建物は全て新しくなり、 名残はぶくぶくと湧き出し枯葉が沈み淀んで沼色の泉と、 天使に囲まれた古いマリア像ぐらいだった。 それにしてもどの時代の石の天使も、 森永キャラメルの天使のように可愛らしくなく、 宙を舞う天女のように優雅な微笑みもなく、 みんな不機嫌で、クソ意地悪そうな顔に見えるのか、 不思議である。 <翼>と<羽衣>の違いなのか、 それともマリアさんとの関係が 本当は不仲だったのかなぁとさえ感じるオレは、 暑さで脳天をやられているのかもしれない。 「こんな賭けにでる、バカさ加減に呆れた」 と呟きを残して帰ったという伊集院氏のコトバを、 褒めコトバと思ったのは勘違いで 本音だったのかもしれないが、 ここに収容されていたヒトらが 眺めていた時と変わらぬリド島やサンマルコ方角の すでに秋の気配をした空を見ながら、 オレの人生だからどっちだっていいコトだと あらためて思った。 オレには、絶望も挫折も瞬間に突き抜ける <バカのチカラ>が備わっていたのだろう。 明日朝、またこの島に来て世界的な硝子マエストロの PINO、ダビデ、ダンテ、トッフォロたちと、 オレのデザインを元にセッションをすることになった。 これは凄いドリームチームに間違いない。 バカはまた眠りたくない夜になる。 ![]() ![]() 『蔓草のコクピット』 (つるくさのこくぴっと) 篠原勝之著 文芸春秋刊 定価 本体1619円+税 ISBN4-16-320130-0 クマさんの書き下ろし小説集です。 表題作「蔓草のコクピット」ほか 「セントー的ヨクジョー絵画」 「トタンの又三郎」など8編収録。 カバー絵は、クマさん画の 状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |
2003-08-25-MON
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