ヴェネチア浮遊 その18
メスのカブトムシ、垂れ幕を掛ける、老酒で乾杯。
ワラ縄の切れっ端やハイライトの吸い殻まで
きれいに拾い集め、
オレのフランチェスコ教会での準備は全て完了した。
いよいよ明日のオープニングを待つばかりだ。
TSUCHYが
「メスのカブトムシは縁起がイイです」
入り口を歩いているカブトムシを見つけた。
毎朝ビレンナーレのコトが報じられる新聞に、
フランチェスコ教会で初めて行われる
オレのオープニング・パーティが報じられた。
教会の伝統的な料理は珍しいらしい。
イイ宣伝になった。
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半年前まで<ヴェネチア・ビレンナーレ>の
名前は知っていても、二年おきに開催され
今年が五十回記念なのも知らず、
ミラノ個展が終わってすぐ
今回のフランチェスコ教会での個展へ導いてくれた
PAOLOがいなかったら実現もしなかっただろうし、
書生のようにサポートしてくれた
ムラノ島のマエストロ、
日本人青年TSUCHYも欠かせない。
そして半年間で十数トンになる
オブジェ群を創ったものの、
ニッポンを出発する直前には文無しのオレに、
「無茶苦茶に突っ込んでいくアンタのファンだよ」
と異口同音のコトバとゼニを算段してくれた
技研製作所の北村社長、
アンテプリマの荻野兄貴には
足を向けては眠れないと思っていたが
疲れて、
回廊の煉瓦壁を這い昇り空に消え去っていく
午後四時のスペクトルを、
新聞紙を敷いた上で微睡みながら懐かしく眺めていた
オレの足は、すでに東を向いていた。
向きを変えるチカラもなく眠ってしまった。
「彫刻が一点増えたんだねぇ」
PAOLOの声で起きた。
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明日はビレンナーレ全体のオープニングで
何処もパーティだらけで大騒ぎらしいが、
本会場のフランス館では五時から
ピエール・レスタニ氏の追悼会だ。
評論家の大御所が集まるから
「KUMAも列席しよう」
とのPAOLOの提案だ。
水上タクシーをチャーターしてごっそりと
フランチェスコ教会に運び込んで、
彼らに<La Luce Circrete>を見せようと言うのだ。
ここに来て凄いことになってきたぞ。
これから五ヶ月間のオレの個展が始まる。
もうしみじみしている場合ではない。
「これからKUMAのバナー(垂れ幕)を
取り付けに往くんだ、行くぞ」
今度は<運河の三兄弟>である。
ファビオ、アレッシオ、TSUCHY等と
ビエンナーレ本会場に向かった。
掛けるのは水上バスの発着場脇の橋で、
ここは台湾パビリオンが
サーズ騒動でスポンサーが降りて予算不足になって
手放した絶好のポイントを、オレが買ったのだ。
大きなコンテンポラリー・イヴェントは
挟んだ運河の対岸に、
遅い夕焼けをまとったサンマルコ寺院が
シルエットになっている。
こんなところまで来てしまったんだ。
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TSUCHYの行き付けのチャイニーズ。
ここは美味い。主がオレのオープニングを祝って
<老酒>を開けてくれ、彼も一緒に一気呑み。
もう往くしかないわい。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。 |