寒朝の体験
去年の秋から、ほとんど山のなかで過ごすジカンが多い。
<循環するヒカリ>を創り上げ、
今は<ヒカリのCampanella>の仕上げである。
低温のためになかなか硬化しない樹脂のために、
燃費を喰うジェットファンを焚きながらの
作業を中断した夜中、
国連での国際会議の中継を観ていた。
駆け引きの寄合いに眠くなってきた午前三時
アサカワからの連絡。
「メールの写真見たけど雪はどう?」
アサカワだ。
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「もう雨に変わって雪は消えた。風は強いけどな。
雪のなか高台まで行ってデジカメで撮ったんだ。
寒かったぞ」
「今、高速を走っているんだ。
朝のヒカリをアナログクラッシクレンズで
また撮ってみたいんだ。
夜明け前には着くよ」
こんな夜中にと思ったが、
楽しそうなアサカワの意気込みに
眠気は飛んで作業に戻った。
五時過ぎ到着した。
「仕事以外での撮影は遠足のように楽しいんだ」
編集作業を終わって飛んできた彼は元気そうだった。
六時過ぎまだ星が残っている東の空が明るくなった。
凍った坂道で軽自動車が何度も スリップするたびに
下りて車を押し上げながら高台に着いた。
オブジェが朝日を溜めこんでいたが、
「寒さでバッテリーがやられちまった」
アサカワは取出したカメラを見つめている。
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「駄目なのか、フィルムを忘れたのか」
「露出はオートにしていたからな…
でも露出を手動でやってみるさ」
「頼むぞ」
アサカワはクラッシクレンズの手製カメラの他に、
もう一台ポートレイト用の大きなカメラも持ってきていた。
冷えきった空気をオレの仮の器である身体中に通し、
もう新しい始まったばかりの
<ヒカリ>のオブジェを眺めていると、
真っ白な甲斐駒ヶ岳や八ヶ岳まで生命に満ちていた。
スキンヘッドに温度を感じ始めるころ、
陽は完全に姿を現し空も青味を増していた。
デジタルもアナログも交ざり込んだ久しぶりの朝は、
オレの表層も深層も無くなった束の間だった。
「これからすぐに東京に戻って現像するよ」
アサカワは戻っていった。
<勘でやった露出もイイ加減でよく写っていた>
と夕方メールがあった。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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