パソコンが治った
修理から戻ったパソコンを
秋葉原からNORIが車を飛ばして運んできた。
さっそく開いてみると、
先日無事に終わった<循環するヒカリ>の
シミュレーションの雰囲気の写真が数枚送られていた。
デジタル映像もやるが、
古いカメラを改造して
フィルム撮影を得意とするアサカワが、
久しぶりに酒を呑んでいたときも
大切そうに鞄を抱えているのが気にはなっていた。
翌日、十数トンの重量を再構築する
ヴェネチア・シミュレーションをビデオ撮影する彼が、
ときどき鞄から取出した
見たこともない写真機で撮影しているのを見掛けた。
無事終わりオレが少しのショーチューで
眠ってしまった間に、彼は東京に戻っていた。
アサカワが今回持ち込んだ写真機は、やっぱり改造ブツで、
「実は自作のレンズで1900年代の玉単
(一枚のレンズ)で撮影したものです。
天気が良ければこのレンズの良さが
もっと出たのですが、ちょっと残念です」
と書き添えてあり、
曇天のなかで消え入りそうに放つ雰囲気の不思議を
ヒカリをアナログ・レンズが捉えていた。
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朝、東京に向かう準備をしていると、
スチールカメラの小川由司が
「いい天気を狙って今朝六時に東京を出てきて
オブジェの撮影を済ませてきたんだ」
「やぁ、ありがとう。もう一度行こう。
ポスター用にオレを入れ込んで撮ってくれよ」
「いいですねぇ」
甲斐駒ヶ岳の稜線が恐ろしいほどの蒼を
くっきりと切抜いている。
澄み切った空気はスキンヘッドにまだ冷たいが
春の気配だ。
梯子を積んで高台に向かった。
今日の<循環するヒカリ>は
アサカワのレンズとは違う雰囲気を放っていた。
オレは高台の三メートル上空で
ヴェネチアの空の下で放つヒカリを夢想して、
身体が久しぶりにブルッと震えた。
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FACTORYに戻り
<Campanella>に錆びを浮かせる作業をしてから
<アズサ>に乗った。
陽の当たる窓際でパソコンを開くと
ヴェネチアから先日のシミュレーションのメールに
添付した写真の感想の返信がドカドカと入ってきた。
『これで驚いてはイケナイわい。
これからはもっと凄いのを観ることになるのだ…』。
≪信頼することはイイことだが、
信頼しないことはもっとイイことだ≫
というイタリアの諺を思い出す。
国を越えて色んな人等と激しくゲージツするために、
信頼という 曖昧さを捨てて
<契約書>は慎重にやらなければならないのだ、
なぞと考えているうち眠ってしまい、
新宿駅で車内清掃のオバさんに起こされた。
駅のベンチでパソコンのシャットダウンする前に
メールを確認したら
朝、小川氏がデジカメで撮った写真を
取りあえず送ってきた。
ヴェネチアへ送り出すまで、あと半月ほどになった。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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