只今、海遊人
MUDIMA美術館での個展へ向けて開始したゲージツ三昧の頃は、
まだクソ寒かった。
冬から春、山のFACTORY近辺ではカジカや蝉が騒ぎ、
ふてぶてしく濃くなった<藪枯らし>も
いつの間にか蔓の先端を震わせ、
進入を狙って壁の隙間を探している季節になった。
OBJE群は完全に仕上がって
オレは林の中を這い巡る<藪枯らし>の根っこを辿っては
鎌で叩き切った。
コイツはほっておけば地を這う途中に根をはやし、
そこからまた枝分かれしては手当たりしだい
直立するモノに絡み付く。
締め上げられた植物は枯れてしまい
やがては藪全体すら覆ってしまう生命力の強い植物だ。
この季節、「自然はイイなぁ」なぞと
能天気に頭蓋を地面ちかくに転がしてボンヤリしていると、
<藪枯らし>の蔓先が
身体の孔から進入してきそうな勢いである。
OBJE群も仕上がったし、
専門の梱包業者への搬入も六月初旬に決定した。
あまり早く梱包が出来上がってしまうと
業者の倉庫での保管料が発生してしまうし、
<カルネ>の書類手続きもある。
ゼニのシステムが容赦なく襲ってくる世間は
侮れないものだと、今更のように思ったりする。
ウッカリすればゼニにオレまで枯らされてしまいそうだ。
平面に描いた絵画なぞは丸めて
飛行機に載せれば何とかなるだろうが、
かさ張るオレのOBJE群の総重量は10数トン。
極東の果てからヨーロッパまで送るとなると
何かと厄介である。
出航日を逆算してギリギリまで
FACTORYで保管することにした。
強力な植物にうんざりしたオレは、
しばらくFACTORYを離れ海に漂うことにした。
洲崎の北山丸で江戸前のシャクリ鯛をやってみようと
根津甚八と落ち合う。
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潮の調子があちこち向いて定まらない。
初挑戦はお互いゼロ、また次の機会にして、
船宿の婆さんに作ってもらった大きな鯛の鱗を油で揚げた
<ウロコ煎餅>で久しぶりに
のんびりショーチューを楽しんだ。
オレは金谷まで送ってもらいフェリーにて久里浜、
波止場にペン公が待っていて城ヶ島へ、
オレはさすらいの海遊人だ。
鏑さんとマダイ釣りをする。
今年の三浦の海も鯛のノッコミ時期が曖昧で
釣果に斑があるという。
九十メートル底から釣れてくるのは、
大きなアジやサバばかり。
自分で喰いきれないほどの量になった。
やっと鯛の魚信に緊張しながらも
慎重に巻き上げて中型の<ハナダイ>。
どんな不機嫌なヤツの顔をも崩してしまうのは、
やっぱり鯛の力なのだろう。
オレは鯛のカブト煮以外は刺身なぞ喰わない。
鯛は優勝力士の羽織姿に似合う魚で
喰って美味いのはやっぱしアジやサバの方が上だ。
しかし、大きな鯛を狙ってファイトして
大きな鯛を釣り上げたいのである。
鏑さんに鯛釣りの棚取りの指導を受け忠実に狙っていると、
鋭くググーンと竿先が激しく
海の中に突き刺さるように引き込まれた。
ゆっくりファイトを楽しみながらドラッグ操作。
重い。鯛だ、イヤ、鮫なのか。
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3.79kg。立派な鯛である。
一休丸の甲板で波に揺られて無重力に身を任せていたら、
ウッカリ眠ってしまった。
「デカイぞ」
騒がしい声に飛び起きると、
ウニ坊の弟子が竿を曲げ
紅潮し震える手でリールを巻き頑張っている。
彼の鯛は黒ずんだノッコミ色した3.85kg。
病みあがりのオフクロさんに快気祝にすると照れながら言う。
美味くはないが、祝儀になった鯛は
元気付けのOBJEになるだろう。
OBJEを完成したオレは、
鯛を釣り上げる事実自体が自分への祝儀だ。
空手全国大会で優勝を逃した知合いの少年に送った。
ストイックだったゲージツ・ジカンの反動で
しばらく海に漂い、次に始まる新しいジカンへの調整である。
近々、HPにMUDIMA出展OBJE群を掲載する予定だが、
今しばらく オレの海遊人は続くだろう。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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