樹の花
このところの好天でMUDIMA個展のOBJEは
続々と仕上がり、足の踏み場もなくなったFACTORY。
残すところいよいよ後ひとつになった。
朝、剃髪を済ませて武川の米に
五穀米を混ぜたメシを炊き、
稚内から送ってもらった
<行者ニンニク>のショーユ漬けで朝飯を喰ってから、
ひたすらミラノへ向けて
中腰のまま右腕を駆使している指先が痺れたまま、
行者のような時間割のゲージツ・ジカン。
もう少しの辛抱である。
爺ィの手伝いを伴った村の若い造園師が、
四メートルほどある<紗羅の木>を運んできて
FACTORYの前に植えてくれた。
別名<夏ツバキ>。
移植した今年は根をしっかり着けさせるために
可哀想だが、すでに膨らんだ蕾を切り落としていく。
「二十三個だけは残してくれよ」
「何かの呪いですか」
「ミラノに出展するOBJEの数だ」
「上の方を残します」
OBJEを送り出すころに白い花を咲かせるという。
なんだか有難い樹である。
昼になってビール酵母菌で自分で焼いた
胡桃入りパンを持ってビンボーのスガワラ君が来た。
鏑さんと三時間で百四十匹釣った
大きなアジを御裾分けしたお返しだという。
オレが入れた茶を振舞うと、
木漏れ日の中で持参の保温弁当箱を広げる造園師等。
オレもスガワラ君とさっそくパンを喰い、
あっさりヒトが死んだり、
家を継ぐ長男のスペアとしての次男、
甲州弁の土臭い風土バナシの昼飯ジカンになった。
林の奥で細いアカマツに巻きついた
野生の藤に花が咲いたコトはない。
「日陰者の藤を何とか出来ないか」
チェーンソーで枯れたアカマツを切り倒す。
爺ィが倒れたアカマツから丁寧に解いた
太い蔓を連れきてFACTORY傍の
アカマツに巻きなおしてくれた。
「これだけ日に当たれば来年から立派に花が咲くだよ」
季節ごとに花を咲かせる樹に囲まれた
激しいゲージツFACTORYを夢想しながら、
オレはセラミックに鋳込んだ
400kgのKUMABLUEをハツッた。
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『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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