嬉しい陣中見舞い
まだ完全には余剰熱がさめないままに、
<KAKASHI>の設置を無事すませると、
天辺につけたプロペラが
小雨のライスフィールド上空を掻き回しはじめた。
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東京にみんな帰っていった頃、熱も完全に去り
FACTORYに戻ったオレは、
ペースも回復して夜中までまた独り制作。
頭蓋と指先がシンクロするにはやっぱり体調だわい。
快復に調子に乗りすぎてはイケナイ。
そんな時、北野武巨匠から電話。
「明日、工場見せてもらってイイかい。
なにか持っていくモノはないかい、酒とか」
「酒は売るほどあるんだ。でもお茶ッ葉が切れてるんだ」
「わかった、じゃ明日」
運転手の西村君に路を説明してると
カーナビを観ているのかすぐに分かったようだ。
突然かかってきた北野巨匠からの電話で、
オーバーヒート気味だったオレはなだらかな気分になり、
フジコ へミングのピアノをエンドレスに小さく流しながら
久しぶりに熟睡した。
朝六時、満開のハナミズキが落下する土砂降りに
小刻みに反応していた。
スピードアップしてついに25枚の半分を超えた。
今はまだ光っている鉄片は
一ヶ月以上のイタリアへの船旅のあいだに酸化するだろう。
MUDIMAの大壁面で、オレのアクションが錆のジカンと共に
円環を浮き出させる仕掛けである。
真っ黒い大きな車がFACTORYに飛び込んで来た。
約束どおり虎屋のお茶と羊羹、千疋屋の果物を携えた巨匠だ。
オレの大きなFACTORYを見学。
今度の映画でデビューするという黒いスーツ姿の西村君が
丁寧にお茶を入れてくれた。
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真っ赤な紅葉、雪、桜、海、
今度のKITANOシネマはコトが何層にも入組んで
キュービズムのようなジカンのコラージュ。
先日エン会でサワリを酔っぱらいながら訊いたのと違って、
茶を飲みながら真昼間二時間ほど、
創作についての会話は相当エキサイティングだった。
「ミラノの個展とベネチア映画祭とダブルから、
うまくいったら向こうで会えるとイイね」。
さりげなく言い残して巨匠が帰っていった後、
お土産に戴いた茶を入れながら
イイ励ましのコトバに聴こえ
シミジミした友情を感じていた。
『こうしちゃいられないゾ!』
オレはいったんクールダウンするために
海に漂うコトにした。
夕方アズサにて東京。
ムカシの書生・カミヤに運転してもらい三崎に向かった。
鯛を釣り少し船宿で過ごしゲージツを小休止して、
また残りを一気加勢に仕上げるのだ。
城が崎も激しい雨が窓を打っている。
『蔓草のコクピット』
(つるくさのこくぴっと)
篠原勝之著
文芸春秋刊
定価 本体1619円+税
ISBN4-16-320130-0
クマさんの書き下ろし小説集です。
表題作「蔓草のコクピット」ほか
「セントー的ヨクジョー絵画」
「トタンの又三郎」など8編収録。
カバー絵は、クマさん画の
状況劇場ポスターの原画「唐十郎版・風の又三郎」です。
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