山下 |
カピバラという世界最大のねずみが、
岩風呂につかるあの画像‥‥おどろきました。 |
寺林 |
そうでしたか。 |
山下 |
なんともいえない表情で‥‥
まるで人間みたいに気持ちよさそうに‥‥。 |
ある日のことです。
カワイイものをあれこれ探して
インターネットをパトロールしていた僕は、
ふと立ち寄った「伊豆シャボテン公園」HPで
たいへんな画像集を発見いたしました。
岩風呂につかる、巨大なねずみ。
カピバラという動物は知っておりましたが、
よもやお風呂でうっとりするとは‥‥。
(上の画像がその1枚です)
たまらず電話で問い合わせてみますれば、
飼育係のかたが、37才の男性と判明!
僕はただちに伊豆へと飛びました。
こうしてお会いした寺林伸明さん(独身)は、
もう7年、カピバラを担当されているのだとか。
石の柵で囲まれた飼育スペースの前で、
お話、うかがってまいりましょう。 |
|
山下 |
ええと‥‥湯ぶねは、そちらで? |
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寺林 |
ええ、そうですね。
そこの池に、お湯をはります。 |
山下 |
かんじんのカピバラがいませんが‥‥。 |
寺島 |
ほら、向こうの奥に。 |
山下 |
え? ‥‥ああ、いましたいました(笑)。 |
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寺島 |
いまはあそこが温かいので
ああして寄り添ってますが、
これからお湯を出しますとですね、
こっちにきますよ。 |
山下 |
きますか。 |
寺島 |
はい、こういう肌寒い日はいっせいに。
(腕時計をみる)そろそろ時間ですね‥‥
お湯、出しましょう。 |
山下 |
毎朝10時半に出すんですね。 |
寺島 |
ええ、寒いあいだは毎朝。
‥‥では。 |
寺島さんは石の柵にサッと飛び乗ると、
カピバラスペースにひらりと舞い降り
池の中にある蛇口を開きました。
「ジャーッ」
吹き出るお湯の音が園内に響きます。 |
|
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寺島 |
よいしょ(戻ってくる)。 |
山下 |
‥‥‥‥あ、あ、あ。 |
寺島 |
ね。 |
山下 |
ほおんとだ(笑)、きましたきました、
すたこらきました! |
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寺島 |
お湯の温度は40度です。 |
山下 |
人間にもちょうどいいお湯加減ですね。
やっぱり温泉なんですか? |
寺島 |
いえ、残念ながらボイラーで沸かしたお湯で。 |
山下 |
あ、そうでしたか。でも、カピバラたちに
残念な感じはまったくないですね。
無表情ながら、たいへんうれしそうです。 |
寺島 |
ほら、お湯のいれはじめはですね、
あんなふうにして遊んだりするんですよ。 |
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山下 |
ちっこいのがジェット水流で(笑)。
あれは遊んでいるのですか。 |
寺島 |
なのだとおもうんですけどねえ(笑)。 |
山下 |
無表情だけど、内面では
ものすごく盛り上がってるんですね(笑)。
‥‥ところでこの4匹、名前は? |
寺島 |
ええ、つけてます。 |
山下 |
ぜひ教えてください。 |
寺島 |
ええと、あの、いちばん大きいのが
ほかの3匹のお母さんでして、名前が‥‥。 |
山下 |
なんでしょう。 |
寺島 |
ハハ。 |
山下 |
え? |
寺島 |
あの、ですから「母」という名前です。 |
山下 |
ああ! 母ですか、失礼しました(笑)。 |
寺島 |
で、2番目に大きいのが、センといいます。 |
山下 |
セン。‥‥カタカナですか? |
寺島 |
いえ、漢字で、いずみと書きます。 |
山下 |
なるほど、泉。温泉の泉ですね。 |
寺島 |
はい。それで、3番目に大きな子、
あれがゲンといいます。 |
山下 |
ゲン‥‥‥‥それはもしかして、
「みなもと」という字ですか。 |
寺島 |
はい。 |
山下 |
やっぱり(笑)。ふたりあわせて源泉ですね。
‥‥となると、あのいちばんちっこい子は? |
寺島 |
あれは、ノボセといいます。 |
山下 |
はははははは、ノボセ!
ノボセ、まだジェット水流で遊んでます。 |
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寺林 |
ほんとに好きなんでしょうねえ、
1時間から1時間半は出ませんから。 |
山下 |
そんなに長風呂なんですか‥‥。
おや? ノボセが、池のなかの
ちいさな岩のところにいきましたね。 |
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寺林 |
ああ、ノボセはですね、
まだちいさいので、お湯がいっぱいになると
からだがぜんぶ沈んでしまうんですよ。
なので岩に手をのせて水から顔を出すんです。 |
山下 |
その準備をしてるんですか‥‥かわいいなあ。 |
やがて、お湯はいっぱいに。
寺島さんは石の柵にサッと飛び乗ると、
カピバラスペースにひらりと舞い降り
蛇口をキュッと締めました。 |
|
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山下 |
はあ〜、ごくらくですね、これは。 |
寺林 |
ほら、ノボセをみてください。 |
山下 |
え? ああ、ははははははは。
手をのせて顔出してる! |
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山下 |
こおれは、たあまらんですねえ。
‥‥あ、ノボセ、じっとしていたと思ったら
潜って遊びだしました。 |
寺林 |
まだやんちゃですから。
‥‥こっちにきましたね。 |
山下 |
そしてまた、岩風呂のふちに手をのせる、
沈まぬように(笑)。 |
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山下 |
‥‥‥‥あの、寺林さんにとって、
この動物のいちばんの魅力はどこでしょうか。 |
寺林 |
魅力ですか? |
山下 |
ええ。 |
寺林 |
‥‥なにを考えてるかわからないような、
ほわあっとした雰囲気ですね、やはり。 |
山下 |
ああ、ほんとにわからないですよねえ。 |
寺林 |
とくに入浴中の、この、
うっとりと幸せそうな顔がねえ。
‥‥12月の冬至には、ゆず湯にするのですが、
そのときの表情がまた‥‥。 |
山下 |
あ、そのゆず湯の画像、拝見しました。 |
こちらが、ゆず湯のカピバラになります。
それから、僕らはしばらく
入浴するカピバラをながめ続けました。
平日の午前中、あいにくの曇り空とあって、
いつもは賑やかな園内も、人影はまばら。
ときおり、寺林さんがぽつりぽつりと
この動物の生態などを話してくださいます。
30分ほどの時間が経過したでしょうか‥‥。 |
|
寺林 |
‥‥お、珍しいですね。 |
山下 |
なんでしょう。 |
寺林 |
あのかっこうをするのは珍しいんです。
ほら、おしりをついて足をのばしてますよね。 |
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山下 |
ほんとだ、ゆったりしてます。 |
寺林 |
かなりリラックスしているようです。 |
山下 |
‥‥‥‥あの、寺林さん。 |
寺林 |
なんでしょう。 |
山下 |
たいへんあつかましいお願いなのですが、
僕のこの、片手、片手でかまわないので、
カピバラと一緒に入浴するということは‥‥。 |
寺林 |
‥‥可能ですよ。 |
山下 |
可能ですか。 |
寺林 |
大丈夫です、ゆっくり入っていただければ。
というよりもですね‥‥。 |
山下 |
なんでしょう。 |
寺林 |
これはあの、ご希望されるかどうか
ちょっとわかりませんけれども、
その‥‥‥足湯でもかまいません。 |
山下 |
あ、足湯!? |
寺林 |
いやあの、動物が入っているお湯ですので、
汚くていやということもあるでしょうから、
かえってご迷惑かもしれないので‥‥。 |
山下 |
とんでもないです。
‥‥希望します! 望むところです!! |
寺林 |
そうですか! |
かくして僕は寺林さんのやさしいおはからいで、
カピバラとの混浴を体験することに。
山下は石の柵にもたもたよじ登ると、
カピバラスペースにずるりと降り立ち
ジーパンのすそをたくしあげました。
柵のそとから、
寺林さんがアドバイスをくださいます。 |
|
寺林 |
まだ警戒してますので、
ゆっくり、すこしずつ近づいてください。 |
山下 |
は、はい(ゆっくり進む)。 |
寺林 |
そう、ゆっくり、ゆっくり‥‥。
いいですね、大丈夫です。
‥‥では、ゆっくり、そこに座りましょうか。 |
山下 |
そこに、ですね。 |
寺林 |
はい、そこに。 |
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山下 |
(ゆっくり進み、ゆっくり座って、
ゆっくりお湯に足をいれる)
‥‥て、寺林さん、やりました。 |
寺林 |
はい、大丈夫ですよお。 |
山下 |
ああ‥‥あったかい‥‥。
あったかいのですが寺林さん、
みんな向こうに行っちゃいました。 |
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寺林 |
どうしても警戒はしますからねえ。 |
山下 |
もうすこし、こう、近くで一緒に
お風呂に入れるといいのですけれど‥‥。 |
寺林 |
‥‥その、横に葉っぱがありますでしょ。 |
山下 |
え? ああ、はい(葉っぱを拾う)。 |
寺林 |
それで呼んでみてください。
エサがあればくるはずです。 |
山下 |
わかりました。
お、おーい(やさしい声で)。 |
寺林 |
‥‥みてますよ。視界に入ってます。 |
山下 |
ノボセー、ゲンー、センー、ハハー。
おいしいのがあるよー。 |
寺林 |
‥‥‥‥あ、きましたね。 |
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山下 |
わわわわ、きたきた。
‥‥さ、さあ、おたべ。 |
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山下 |
やった、たべた。 |
その時でした、
複数名の「おおー」という声が。
目をあげてみれば‥‥。 |
|
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山下 |
こ、これは寺林さん、
なんだか僕は、
ご迷惑をかけているのではないでしょうか、
あがります、すぐあがりますので。 |
寺林 |
大丈夫ですよ、ゆっくりつかってください。
せっかく警戒がとけたのですから。
ね、ほら。 |
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山下 |
ああ、こんなに近くで‥‥。
寺林さん、貴重な体験をさせていただいて、
ほんとうにありがとうございました。 |