「人の考えが変わること」について ダイアモンドさんの考えをお聞きしてみたいのですが、 まずぼくの、小さな例からお話をさせてください。 ぼくは以前、自分が煙草を吸っていたとき、 煙草の煙がこもっている場所のことを とくに環境が悪いとは思っていませんでした。 「煙草の煙がこもっている場所は嫌だ」 と言う人のことを 「気にしすぎじゃないの?」と 思っていたこともあります。 ですが、今のぼくは 煙草をやめて10年くらい経つのですが、 すっかり感覚が変わってしまって 「煙草の煙がこもっているから、あの店は行けない」 なんて思うようになったんです。 その「行けない」も、頭で思うのではなく 生理的に無理になってしまったんです。 そんな自分に気づいたとき、ぼくは 「たった10年で、同じ人間の生理的な反応が これほど変わるんだ」 ということに、けっこう驚きました。 また、同時にその 「自分の心の変わりやすさ」について しっかり覚えておこう、とも思いました。 ダイアモンドさんはそんな 「人の考えが変わること」について どんなふうに思われていますか? |
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今のお話から思い出した ご紹介したい言葉がひとつあります。 それは 「シフティング・ベースライン (shifting baselines)」 という言葉なんですが、これは、 「物事を考えるためのベースになる 価値観が変化すること」 とでも言えばいいでしょうか。 同じ結果であっても、 価値観が変われば見え方は異なりますから、 その「価値観の変化」に着目して 考えていく必要がある、という考え方です。 例をあげると、たとえば 私が子供のころのボストンでは、 毎年冬になると、2〜3メートルの積雪がありました。 ですが、年々気候が温かくなってきていて、 今のボストンでは、 そこまで雪が積もることは滅多にありません。 そのため私が子供のころはみんな、 2〜3メートルの積雪を 当たり前だと思っていたのですが、 今はみんな、あまり雪が降らないボストンが 当たり前だと考えるようになっています。 |
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みんなの持っていた 「普通の雪の量」という価値観が、 変わったんですね。 |
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そうなんです。 それも、ボストンの積雪量は長い時間をかけて すこしずつ減りましたから、 人々が自分たちの価値観が変わっていることに あまり意識を向けることもなく、 いつのまにか大きく変わっていたんです。 少しずつ変わっていくと 人って案外、気づかないものなんです。 |
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なるほど。 |
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また、逆に、 状況のほうをゆっくり変えていくことで、 人々の価値観の部分を 最終的に大きく変化させることもできます。 |
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と、いいますと? |
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たとえば、フィンランドやポルトガルでは、 少しずつ状況を変えていくことで、 多くの病気の原因となっていた 人々の過剰な塩分摂取量を 大きく減らすことに成功したんです。 なにかというと、 人々の塩分摂取量を減らすためには 加工食品の塩分を減らす必要があるのですが、 そうした加工食品の塩分を 一気に制限して減らしたりすると、 塩気の多い食品に慣れている人々は あまりに味が薄いと感じて、 とても食べられなくなってしまいます。 ですから、最初は加工食品に入れる塩分量を、 普通の消費者には塩気が減ったことがわからないくらいの 10パーセント減からはじめて、 3年経ったらまた、もう10パーセント減らす。 また3年経ったら、もう10パーセント。 そんなふうにして、塩分の量を 3年ごとに10パーセントずつ減らしていき、 30年後には、65パーセントの塩分を 減らせるようにしたんです。 そして、このやりかたですこしずつ 人々の塩分摂取量を減らしていったフィンランドでは、 心筋梗塞の発生率が70パーセント下がり、 脳梗塞の発生率も下がったという結果も出たんです。 |
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すごいなあ。 |
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それで私は、日本も世界の中で、 塩分摂取量が特に高い国のひとつですから 同じようなやりかたが役立つかもしれない と思うんです。 日本の、特に東北地方は塩分摂取量が高くて、 今は当時より減ったようなのですが、 1980年の統計だと、 当時の秋田県の人たちは1日につき、 ニューギニアの人たち2年分の 塩分を摂取していたんですね。 |
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あ、そんなにだったんですか。 |
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ええ。 |
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ちなみに、ダイアモンドさんご自身にとって、 自分が当たり前に思っていた価値観が いつのまにか変化していたようなことはありますか? |
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そうですね、今、私は75歳なんですけど、 5年前、もうじき70歳の 誕生日を迎えるというとき、私は 「うわ、70か、おじいさんになっちゃうな」 と思ったんです。 でも実際、70歳の誕生日が来ても 何も変わることはなくて、 とくに年をとった感じもしなかった。 ですがその1年後、 71歳の誕生日を迎えたときに、突然、 「うわっ、ショック、 本当に70代になってるんだ」 と自覚しました。 70歳のときの私は まだずっと60代の気分を持ち続けていて、 いきなり71歳になったときに、 現実に向き合って、驚いたんですよね。 これも、状況の変化がとても小さかったので 気づかなかった、という例ですよね。 |
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(笑) |
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いつのまにか価値観が変わっていた、 ということでいうと、 70代という自覚ができてきたここ数年、 昔は全くやらなかったのに 毎日よくやっているな、ということがでてきました。 なにかというと、 「自分はあと何年生きるのかな」 「あと何回、東京に来れるかな」 「あと何回、ロンドンに行けるかな」 「あと何冊、本を書けるかな」 「マーラーの九番を聞けるのは何回かな、 1、2回かな」 「行きたかった南極に妻と一緒に行けるかな。 行けるのならすぐ行かなきゃな」とか、 急にそういうことを 毎日考えるようになったんです。 |
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それはやっぱり、70のタイミングですか。 60ではない? |
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60代のときの私はもう、 永遠に生きると思っていました。 |
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全部そこから10ずつ引くと、 ぼくも同じように考えていますね。 ぼくは今、64歳なんですけど。 |
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本当ですか、お若い。 |
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ダイアモンドさんも若く見えますよね。 お互い、不思議ですね(笑)。 |
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(笑) (つづきます。) |