── | 「本人が舞台の清掃をさせられる」という 屈辱的な「ひどい目。」から一転、 逆転ホームラン的に レ・ロマネスクの記念すべき第1回パリ公演は 大成功に終わったってことですね。 |
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TOBI | 結果的には、そうとも言えるのですが‥‥。 知り合いから紹介されたパリの有閑マダムに 鼻で笑われながら添削してもらった フランス語の歌詞を 必死に丸暗記して歌った身としては 本番とは関係ない「清掃作業」を高く評価され、 複雑な気持ちになりました。 |
── | でも、パトランプ女はさぞ悔しがったでしょう。 |
TOBI | いえ、大歓声に包まれながら楽屋へ戻ると 「股割り」というんでしょうか、 バレリーナがよくやる、 あの、両足を真一文字に開いた状態のまま 「これから30分間、 わたしは無音で、黙って床を転がるから 楽屋で絶対に物音を立てないで」 と命令してくるんです。 こんどは、表情筋ひとつ動かさずに。 |
── | 手強い相手ですね。 |
TOBI | 金色のカツラや羽根飾りを外したりするとき、 シャラシャラ、カサカサと 耳障りな音がするはずだと踏んだんでしょう。 実際しますしね。 |
── | で、どうしたんですか。 |
TOBI | ロウ人形のようにピクリとも動かず、 ジッと息を潜めているわけにもいかないので 誰もいない1階のロビーへ、逃げるように。 すると、そこには すでに大きな寿司桶が、用意されていました。 |
── | みんなの目当ての「にぎり寿司」だ。 |
TOBI | ライブ終わりで空腹を覚えていたぼくは 待ち切れずに、寿司桶の真ん前に陣取って どの順番で食べようかなと あれこれシミュレーションしていると 背後のトイレの扉がバーンと開き 奥から、ふんどし一丁で 全身を白く塗った男が飛び出してきたんです。 |
── | あ、もうひとりの共演者の人? |
TOBI | 彼は「白、塗りたて」で、 一歩を踏み出すたびに、アゴや両手の指先、 ふんどしの 「金」を覆っている部分の先端などから 白い汁をポタポタしたたらせ、 薄ら笑いを浮かべ、 つま先立ちで軽やかにスキップしながら こちらへ近づいてきます。 |
── | こわすぎないですか。 |
TOBI | 天ぷらコロモにくぐらせた巨大なムキエビ――。 混乱する思考回路のなか、 ぼくは、ぼんやり、そう思いました。 |
── | 一難去ってまた一難‥‥。 |
TOBI | だから、絶対そっちだけは見ないように、 寿司桶に顔を突っ込んで にぎり寿司に夢中になってるような体を 必死に装っていました。 |
── | 見て見ぬフリというわけですか。 賢明な判断でしょう。 |
TOBI | ポタポタと白いコロモをしたたらせながら エビは、ゆっくり、近づいてきます。 そして、ぼくのすぐ真横に立つと 腰をかがめ、耳元で 「客席が、混んでいたものですから‥‥」 とささやいたんです。 |
── | それはつまり、 「客席が混んでいて会場に入れず しかたなく そこのトイレに籠っていたんです」‥‥と? |
TOBI | 彼との会話は、まったくかみ合いませんでした。 ぼくが「苦手な寿司ネタあります?」などと 当り障りのないことを聞き、 彼が「母体へと還る‥‥胎内回帰願望」とか何とか 暗号のようなことをつぶやき、 そうやって、まったく会話がかみ合わない間じゅう、 汁はポタポタしたたり続け、 ぼくのピンクのタイツを白く濡らしていく‥‥。 |
── | その光景全体がホラーです。 |
TOBI | やがて、パトランプの床転がりが終わり、 15分の休憩時間になると 地下の会場から、オーディエンスのみなさんが ドヤドヤと上がってきました。 |
── | にぎり寿司を目がけてね。 |
TOBI | 基本、日本語学校の生徒さんたちでしたから 日本語が喋りたいんでしょう、 彼らはぼくに、気さくに話しかけてきました。 「王子サンの歌、最高だったよ」 |
── | ですよね。 |
TOBI | そうこうするうち白塗りショーの時間となり 巨大なムキエビは 再びつま先でスキップしながら、 そのたびごとにコロモをポタポタ垂らしながら、 地下へと降りていったのです。 ちなみに最近、偶然、インターネットで 彼の「その後」を発見したんですが‥‥。 |
── | ええ。 |
TOBI | いまでは、全身「赤塗り」になっていました。 驚いたことに、その赤が、 茹でたレッドロブスターみたいな赤なんです。 |
── | つまり、本物のエビだったのかもしれないと? そんなバカな! |
TOBI | ともあれ、静寂を取り戻したロビーで 晴れて自由の身となったぼくは ひとりで寿司を食べ、ワインをたらふく飲み、 30分後には ほとんど「泥酔」状態に陥っていました。 |
── | また泥酔ですか。 |
TOBI | 朦朧とする意識のなか、 ああ‥‥パリでいい思い出づくりができた、 日本へ帰って一から出直そう、 パトランプの女やムキエビ男にも もう二度と会うことはあるまい‥‥などと 感慨にふけっていたら、 ひとりの老人が話しかけてきたんです。 妙な雰囲気をまとった、フランス人の老人がね。 |
── | ほう。 |
TOBI | 開口一番、彼は、 「君たちのパフォーマンスは、じつに素晴らしい」 とぼくらを褒めたたえました。 「とくに怠惰な家政婦と、舞台清掃が」と。 |
── | そこですか。 |
TOBI | そして 「私はリヴォリ通りに劇場を持っている者だが 来月1ヶ月間、 土日の週末公演をやってくれないだろうか?」 と提案してきたんです。 |
── | なんと! スカウト? それも1ヵ月公演‥‥! |
TOBI | リヴォリ通りと言ったら、 おしゃれな若者たちの集う賑やかな繁華街。 あのへんに劇場なんてあったっけと思いましたが なにしろ泥酔中でしたから その場で「ウイーー‥‥」と出演を承諾しました。 |
── | イワツキくんの「爆笑ライブ」出演のときと まったく同じパターンですよね、それ。 |
TOBI | 老人はベルナール氏という人で 自分でもアート表現をやっているとのことでした。 その夜は、しばらく歓談したあと、 「いちど劇場を見に行くよ」と言って別れました。 |
── | ええ。 |
TOBI | 劇場主から直々にオファーを受けたので 訪問当日は、 MIYAさんとふたりできちんとしたスーツを着込み 不安と期待に胸を膨らませながら 教えられた住所である 「パリ1区、リヴォリ通り59番地」へ行くと なんとそこは「スクワット」‥‥、 つまり「不法占拠された建物」だったんです。 |
── | え? |
TOBI | ベルナール氏は、銀行がよそへ移転したあと 放置され廃墟と化していた 7階建て建物の最上階の小部屋に住み着いていた 老人だったんです。 そして、地下のワイン貯蔵庫を勝手に改造し そこを「自分の劇場」だと言っていたんです。 |
── | では、レ・ロマネスクの第2回パリ公演は まさかの 「不法占拠ビルでの公演」それも1ヶ月‥‥ひどい! |
TOBI | 念のため申し添えておきますけれども その後、その建物には 世界中からアーティストがやってきて住み着き、 現代アートの一大拠点となったんです。 いまではパリ市に公認されパリ市に買い取られ、 「アフター・スクワット」と呼ばれて パリの現代アートのミュージアムのなかでも 集客数3位くらいになってるそうです。 |
── | すごい。さすがはパリって感じの展開。 |
TOBI | たしか「59 RIVOLI」って言うのかな。 |
── | あ、その字面見たことある。有名ですよね? そんなところでライブしていたなんて、 「不法」とはいえ すごいじゃないですか、TOBIさん! |
TOBI | でも、当時はまだ ベルナール氏が不法占拠したてホヤホヤのとき。 床とか壁とか手すりとか、 やたらペンキ塗りたてでベチャベチャしてたし、 芸術家なのか浮浪者なのか 区別のつかない強烈な人たちばっかりでした。 |
── | 黎明期というか、巣窟というか。 カオスな状態だったわけですね。 |
TOBI | なかでも「最長老」だったベルナール氏は、 オブジェ作家であり、画家であり、 パフォーマンス・アーティストでもあって 部屋には、 針金で丸と三角と四角を表現した作品などが ところ狭しと並べられていました。 |
── | ええ。 |
TOBI | 知り合いに教わった日本語の挨拶だと言って ベルナール氏は 「ベルチャン・テヨンデ」と しきりに、話しかけてくるんです。 |
── | 日本語って言うより、韓国語みたいですけど。 |
TOBI | 「ベルチャン・テヨンデ。 ベルチャン・テヨンデ。 ベルチャン・テヨンデ」 ‥‥べルチャンって呼んで、でした。 |
── | あ、ああ‥‥。 |
TOBI | でも、さすがに年上すぎて 「ベルサン」と呼ぶことで、落ち着きました。 |
── | 日本人らしい気配りです。 |
TOBI | ベルサンは 「あの夜のライブを見て 強烈なインスピレーションを得ることができた。 あなたたちの世界観と 私の作品とで、ぜひコラボレーションしたい」 と、潤んだ瞳で、熱く語りかけてきます。 |
── | コラボレーションと言うと? |
TOBI | ぼくらのライブの間に ベルサンのアート・ユニットの表現をはさんで 3部構成の公演にしたい‥‥と。 |
── | ベルサンの「アート表現」というのは? |
TOBI | それが、いかに幻想的で現代的であるかと えんえん、 身振り手振りを交えて説明されたんですけど まったく理解不能でした。 だから、適当なところで 「わかりました、それで行きましょう!」と 話を打ち切ったのですが‥‥。 |
── | ええ。 |
TOBI | ベルサンが、美大の女子学生と組んでいた アート・ユニットの名は 「Souillure(スイユール)」と言ったんです。 |
── | スイユール。 |
TOBI | その場で気づくべきだったのですが、 それは「穢(けが)れ」、という意味でした。 しかも、これもあとからわかったことですが 彼らの「アート表現」というのは 世にもおぞましい白塗りショーだったんです。 |
── | また白塗り。 |
TOBI | 公演タイトルもすでに決まっていました。 というか、 チラシがすでに出来上がっていたんです。 |
── | また「印刷の都合」出演! |
TOBI | タイトルは「午後の王子、穢れ、深夜の王子」。 チケットのノルマこそありませんでしたが かわりにベルサンは 「これこれこれだけの枚数、宣伝チラシを配れ」 と要求してきました。 |
── | そういうのを「ノルマ」というのでは‥‥。 |
TOBI | 「あそこへ行けば無料でワインが飲める」とか 彼は、あらゆる「無料」に敏感で 「あそこへ行けば、 無料でにぎり寿司にありつける」 と知っていたからこそ、 日本語学校のライブ会場にいたんですけど、 とにかく、パリ近郊の さまざまな無料情報に精通しているんです。 ぼくたちは 「あそこへ行けば無料でチラシを配れる」と 教えられた場所を回っては せっせと宣伝チラシを配り続けました。 |
── | ええ。 |
TOBI | あるライブハウスでは 「もし、ギャラ無しでライブをやってくれたら 無料でチラシを配っていい」と。 すでに「無料」の意味が よくわからなくなっていたんですけど、 言われるがままに3曲やり、 歌い終えたあと「無料で」チラシを配りました。 |
── | ‥‥はい。 |
TOBI | しかしながら、そのライブハウスでは お香の焚かれたような匂いが立ち籠めており、 その場の全員が ハイテンションもしくはローテンションで チラシになどに目もくれません。 こんなところからは一刻も早く退散しなければと 足早に出口へ向かっていると、 背後から、 ドスの効いた日本語が聞こえてきたんです。 |
── | ええ。‥‥日本語? |
TOBI | 「何ばしょうとるんじゃ! そりゃいかんぜよ!」 |
── | はい? |
TOBI | 振り返ると、 見たこともない形相をしたMIYAさんが 福岡弁・広島弁・土佐弁の猛々しい部分だけを ごたまぜにしたような インチキ方言を発していたんです。 |
── | ‥‥北関東のご出身でしたよね? |
TOBI | あとから聞いたら、フランス語だと 「あなたは、いったい何をしているのですか?」 みたいな バカ丁寧な言い方しか知らなかったため それでは「激怒」が伝わらないと おかしな日本語で タンカを切ってしまったのだそうです。 五社英雄監督『鬼龍院花子の生涯』に出てくる 夏目雅子さんのセリフを イメージしていただいたらいいかもしれません。 |
── | あの 「わては鬼政の娘じゃき、なめたらいかんぜよ!」 の名シーンですか。 いや、というよりも、いったいなぜ‥‥。 |
TOBI | ええ、黒人のチビっ子が MIYAさんの二の腕をキツくツネっていたんですよ。 |
<つづきます> |
2015-01-07-WED |