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今回は、イタリアでは4番目に大きい、
イタリア中部最大の湖、
トラジメーノ湖を訪ねます。
藻がたくさん生えているので水は緑色。
そう深くはありませんが、
2000年以上もつづく周囲の街の歴史を、
湖水に深くたたえているように見えます。
ここはイタリア中央部のウンブリア地方。
2500年前は、10年にわたって
ローマ人の最大の敵であった
エトルリア人たちの地でした。
カルタゴの伝説的な指導者ハンニバルが、
アフリカからスペイン、フランス、
アルプスを越えてやって来るまでは。
ハンニバルとローマ人たちの最初の大きな戦いは、
まさにこのトラジメーノ湖岸、
トゥオーロで行われました。
戦いというよりも、
ローマ軍に3万の死者が出る虐殺でした。
でも、トラジメーノ湖のほとりに着けば、
いまの私たちには、絶対に、絶対に、
暴力的なことは考えられません。
そこに広がるのは甘味な大地、
緑に満ちた優しく穏やかな田園風景です。
歴史を訪ねると、過去を理解することで、
現在をまっすぐに見て、尊重できるのですね。
高い所からトラジメーノ湖を眺め、
そしてパニカーレという町を探しに、
ぼくは小径を登ります。
パニカーレは丘のひとつの頂上にあり、
城壁に包み込まれていて、
数年前までは通り抜けられませんでした。
ルネサンス前期の画家マソリーノ・ダ・パニカーレが、
その名の通り、ここの出身です。
ここは、素朴な建築物が素晴らしいのです。
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聖ミケーレ・アルカンジェロ教会は、
時の流れの跡がうかがえるものの、
その威厳は何もそこなわれていません。
教会の中は、フレスコ画の見事さが、
造りの清楚さと対象的です。
普段は中は暗いままですが、
機械に2ユーロ入れると2分間だけ
灯りが点る仕組みです。
でも、その2分間で、
数世紀の歴史をうかがい知ることができます。
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自然のテラスとも言うべき
ギザギザで崖の切り立ったパニカーレの丘からは、
息を飲むパノラマが見られます。
一方にキウジの平野、もう一方には
エメラルドのような緑の水のトラジメーノ湖。
古い言い伝えによると、
湖の水を見て育つオリーブから作られるオイルは、
他のタイプのオリーブオイルに比べて、
より繊細で、より香り高いそうです。
では、トラジメーノ湖畔のレストランで、
魚ベースの昼食をとることにしましょう。
添え野菜は、少なくもイタリアでは、
この地方だけで育てられている種類の
fagiolo(インゲン豆)を。
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これは「fagiolina di Trasimeno」
(トラジメーノの小さなインゲン豆)と呼ばれる
小さな小さなインゲン豆。
煮る前に一晩水につけておき、
翌日に1時間ゆでて、水を切って使います。
そして味付けは簡単この上なし、
トラジメーノのオリーヴオイルと、
ひとつまみの塩、これだけです。
魚に、場合によっては良い肉に、
付け合わせとしてはシンプルそのものですが、
その味わいや香りがすばらしいのです。
なぜイタリア中部(ウンブリアは、その中心部)が
イタリア料理の多くの伝統の
揺りかごと言われるかを物語ってくれます。
食事のお伴は1杯の赤ワインです。
1杯だけ、でもそれで充分。
近年、風味と香りが最も優れているワインの
ひとつに数えられる赤ワイン、
サグラティーノ・ディ・モンテファルコです。
食事が終わるのが、残念です。
短い間でしたが、まるで小さな恋の物語のように
充実していました。
忘れることのできない物語のように。