ITOI
ダーリンコラム

<「すいませんお休みさせてください」
 というハリガミ。>

この『ダーリンコラム』って、
昔は、ずいぶん勝手に休載していたものなのですが、
いつのまにか、「ほぼ日」も予定表にしたがって
つくるようになりましたので、
律義に月曜日ごとに新しい原稿を送っておりました。

しかし、いまというか、今日は、
少々追い詰められていまして、
どうしても書く気にもなれないし、書く時間がない。
そしたら平然と休めばいいのですが、
「ほぼ日」の進行を担当している「誰それ様」に、
急な変更を言いにくいので、
かたちだけでも更新できるようにと、
「休載をしらせるハリガミ」のスタイルの
原稿を送ることにしたのでありました。

今週のダーリンコラムは、休載です。
と書いた『ダーリンコラム』です。

以上で、おしまい。
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・・・・だと、あまりにもさみしいので、
ぼくが「ほぼ日手帳」と、自分宛のメールにメモしておいた
「ネタのまたタネ」みたいなものを、
なんとはなしに、ここに落書きしておきます。
それぞれに脈絡もないし、
どこかで見たことのあるニュースだったり、
ただのしょうもない言い回しだったりしますが、
こういうメモがあると、助かるときがあるんですよ。
しかし、おそらくこの先も使わないだろうな、
というようなものを、選りすぐって、ここに掲載です。

小説『猿のにおい』

  『サルのにおい』『猿の匂い』

ぶらり一人旅

ぽろり一人旅

じろり一人旅

ほろり一人旅

ぺろり一人旅

ころり一人旅

ぬるり一人旅

にやり一人旅

とろり一人旅

ひとり一人旅

「無遠慮な冨から、あなたを守る!」

『プラハの春』以降の弾圧の時代

日垣隆さんのメルマガ「ガッキーファイター」より

 さて、「プラハの春」とは、1968年1月に始まる自由回復運動の時期です。粛清された人々の名誉が回復され、言論の自由が宣言され、共産党独裁体制に風穴が開けられたのです。が、8月20日の深夜、ソ連軍(ソ連が圧倒的主導権を握るワルシャワ条約機構軍)がチェコ全土を占領下に置き、自由と改革を全面否定し、いわゆる「暗黒の時代」に逆戻りします。

 アナウンサーの山根基世さんが、プラハで50年以上も詩を書き続けているイヴァン・ヴェルニッシュさんに、こう尋ねました。
「『プラハの春』以降の弾圧の時代、どんな思いで詩を書いていらっしゃったのですか」

 その問いに、イヴァン・ヴェルニッシュさんは、こう答えています。
「私は今も昔も書きたいと感じたときに詩を書いてきました。私はあの時代、いっさい出版を禁止されていたのです。でも、ちょっと矛盾する言い方ですが、あのときは完全に自由だったのですよ。純粋に自分のために詩を書けたのですから」

 現地で火炎瓶を投げることや、絶対安全地帯から権力を罵倒することだけが、抵抗ではありません。
 深みのある楽観と怒りと継続的な諦観こそが、暴政を止める最強の力になるのだと思います。

 
※このメールマガジンは有料ですが、ぼくは進んで購読しています。
 詳しくは、このサイトに。
 http://www.gfighter.com/


 NASAの発表によると衝突の確率は4万5000分の1、ドイツのNico Marquardt君の計算では450分の1となっています。

いやぁ、しかし、
宝くじの一等が当たる確率が17万分の1だと聞いているけれど、
それより、高いってことじゃないか。

4月21日14時16分配信 ギズモード・ジャパン

ドイツの少年がNASAの計算間違いを指摘、議論を呼ぶ


写真家の十文字美信さん
カメラは、見ようと思うものを見るための道具なんです。
「この人が撮ると、ただのランプじゃないなぁ」とか、
心がざわざわするのは、写真家が、「個人の思い」で、
見たいように見てるから、なんです。

つぶあんの作り方

■材料■
小豆   300g
砂糖   400g
塩    少々
■準備するもの■
鍋・ボール・ザル・木勺・布巾・容器

 ■作り方■

 1. きれいに洗った小豆をたっぷりの水に(以下略)

吉野弘「夕焼け」「奈々子に」

いかりのにがさまた青さ

宮沢賢治の詩のなかの一行ですが、
いったん「いかり肩」と「がにまた」を
思い浮かべてしまうと、
どうにも「怒りの苦さ また青さ」とは
見えなくなってしまいます。


異例…0−66で放棄試合 埼玉県春季大会北部予選

4月17日8時2分配信 サンケイスポーツ

 15日に埼玉・熊谷公園球場で行われた春季高校野球埼玉大会北部地区予選1回戦で、試合中の申し出による異例の放棄試合があった。

 進修館−川本戦の二回裏一死、0−66と大量リードされた川本が、大会本部に試合放棄を申し出た。川本は一回に26失点、二回は一死までに40失点。先発投手の球数が250球を超えたため、選手の健康上の理由から飯田監督が試合放棄を決断した。試合は規定により、進修館が9−0で勝った。


こんなところにしておきます。
いちおう、今回も「休載のおしらせ」という更新でした。
これで「誰それさん」に叱られなくてすみそうです。

このページへの感想などは、メールの表題に、
「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2008-05-12-MON
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