|
笑顔で私たちを迎えたギー・ラリベルテは、
ショーのプログラムなどで
目にしたまんまのスキンヘッドで、
黒っぽい、くたくたのTシャツを着ていました。
足もとは、サンダル。

「なにか飲みますか?
いまルームサービスを呼びましたので、
言ってくださいね」
にこにこと笑いながら
私たちをリラックスさせようとする彼は、
こういった状況に慣れているようでした。
つまり、ぞろぞろやって来た
緊張気味のチームから取材を受けることに。
とりわけ、彼は世界で7人目となる
宇宙旅行を経験した直後でしたから、
この時期に世界中のメディアから
たくさんの取材を受けていたのでしょう。
「宇宙はいかがでしたか?」
「人生観が変わりましたか?」
「シルク・ドゥ・ソレイユが
宇宙でショーをやるとしたら?」
おそらくそういった質問が
何度も繰り返されたのでしょう。
ギー・ラリベルテは
ルームサービスにコーヒーをオーダーし、
私たちはカメラや録音機材をセッティングしました。
その、本格的に取材がはじまる前の
ちょっと手持ち無沙汰な時間に、
糸井重里は、お土産に持ってきた
「土鍋」をギーに手渡しました。
もちろん、「ベア1号」です。

箱から土鍋を取り出してみせると、
ギー・ラリベルテはたいへん喜んでくれました。
私は日本食が大好きで、
日本食がどうやってつくられるのかということに
たいへん興味があるんです、と彼は言いました。
糸井重里が
「まず最初にお米を煮ることから
はじめてください」
ということを説明すると、
ギー・ラリベルテはふんふんと
興味深そうに耳をかたむけていました。
その振る舞いは、とても紳士的で、
いわゆる「失礼のない態度」として
非の打ち所のないものでした。
彼は、取材に来た人が
なにか特別なおみやげを携えているような状況に、
やはり慣れているようでした。
いわば、「取材モード」で
完全な応対をこなしていたギー・ラリベルテが、
予想外のピリッとした刺激を受けて
少しだけ姿勢を変化させたのは、
糸井重里が土鍋の使い方の説明をしたあとに、
つぎのようなフレーズを
つけ加えたからでした。
通訳の方が、それを訳そうかどうか、
わずかに躊躇したのを覚えています。
糸井重里は、こう言いました。
「ここに使い方が書いてありますから
料理をする人にわたしてください。
──たぶん、あなた自身は使わないでしょうから」

それは、皮肉や冗談というよりも、
「純粋なリアリティー」で、
だからこそ、ギー・ラリベルテは
さっきまでとは違う笑顔を見せたのです。
糸井重里は続けました。
「今日は、ぼくの興味のままに
質問させていただきます。
ふつうの取材とは
ちょっと違うとかもしれませんが、
どうぞ、気楽にお願いします」
OK、とギー・ラリベルテは答えました。
そして、糸井が最初の質問をするよりも早く、
つぎのように糸井に訊きました。
「──あなたは、
もうジル・サンクロワに会ったんですよね?」

ジル・サンクロワは、
シルク・ドゥ・ソレイユの創設メンバーのひとり。
カナダのケベックで竹馬に乗って最初の資金を集め、
この世界的なエンターテインメント集団の
大切な礎をつくった人です。
2年前、
シルク・ドゥ・ソレイユの取材のはじまりに
糸井重里はジル・サンクロワと会い、
ほとんど同い年のふたりは
(まわりにいたカナダと日本のスタッフが驚くほど)
意気投合しました。
そしてのちに来日したときも
ジル・サンクロワは糸井と会って食事しました。
驚いたことにジルは、
そのとき糸井にプレゼントを用意していました。
それは、自分が竹馬に乗っている古い写真、
いわばシルク・ドゥ・ソレイユのはじまりの写真でした。
もちろん複製したものですが、
ジルはその写真を額装したものに
自分でメッセージとサインを添えて
みずから糸井に手渡したのです。
それは、糸井をずいぶん感激させました。


「──あなたは、
もうジル・サンクロワに会ったんですよね?」
ギー・ラリベルテは
ジルと糸井が短い期間に信頼し合ったことを
知っていたのかもしれません。
糸井の返事を待たずに、彼は続けました。
「ジルは、私の古くからの友人です。
ほんとうに、ずっと昔から、
よく知っている友人なんです」
向かい合って座るふたりのあいだで、
本当の意味での、握手が交わされたような気がしました。
さぁ、取材がはじまります。

(つづく) |
2010-01-20-WED

The trademarks ZED and Cirque du Soleil and Sun logo are owned by Cirque du Soleil and used under license.
|